整音 本文へジャンプ


 過去に、「ピアノを調整した後、以前と全く音が変わってしまい、ひどい状態になってしまった。」という相談を何回か受けました。これは、調律師が柔らかい音と、こもった音の区別がつかない状態で整音作業したために起こったトラブルだと思われます。調律師に言わせれば、お客様の言う通り柔らかい音にしたと言い張るでしょうが、決してお客様は満足出来るものではありません。その修正のために、後でまた高額な修理代を支払わなければならない場合もあり、このような悲劇が起こらないよう、今後も正しい整音作業の方法を広めていく必要があると思われます。
 調律師のかた、特に若いかたは、整音のやりかたがよくわからない、一応針を刺すことで柔らかくはなるが自信がない、刺してみたものの全く鳴らなくなってしまった、まわりに詳しい人がいない、外国に行ったり海外のピアノを扱える人に教えてもらわないと駄目なのだろうか、などと考えているかたも多いと思います。私も初めのうちはそうでした。しかし、決して海外に行って研修など受けなくても、調律師自身が意地を張らずに柔軟性を持った広い心でピアノに向き合えば、本当の自信を持った整音技術を身に付けることは可能です。自信がないのにプライドを先行させてしまうからお客様の満足のいく整音が出来ないのです。整音技術を身に付けることで、調律師としての自信と生きがいを実感することが出来るはずです。勿論リスクはつきものですが、それを恐れて殻に閉じこもっていては何も前に進みません。結局クレームがこない無難で面白くないピアノになってしまうのです。お客様がピアノで一番満足するものは、決して外装の綺麗さでも調律の正確さでも中の綺麗さでもなく、音そのもののはずです。まだまだ殻に閉じこもって歌を歌えないピアノがたくさんあるのです。その殻を打ち破ってみませんか。そうすれば日本のピアノの未来は、今よりもっと明るくなるはずです。私自信の経験を踏まえ、整音が決して一部の人の限られた技術ではなく、ピアノの音を本当に良くしたいと真剣に思う人の技術であるべきだと思います。そうすることで、とかく権威主義に傾きがちな今のピアノ音楽やピアノ整音技術が、本当の意味ですべての人を音楽の楽しみとは無関係な権威主義から開放し、より多くの個人個人が音楽を楽しめる広い裾野を作れるもとだと確信しております。前にも言いましたが、整音技術は決して一部の選ばれた調律師の技術ではありません。より広い柔軟性を持ち音を良くしたいと素直に思える調律師が身に付けることが出来る技術なのです。もし、整音のことで相談したいことがありましたら、いくらでも相談に乗りますのでご連絡下さい。もう一度言います、権威主義と音楽を楽しむことは全く別で、権威主義が邪魔をして音楽の楽しみが妨げられることも多いのです。
 また、最近では整音の方法が書かれた海外の書籍も出ています。海外のものなら何でも良いかと言うと、そうとも言い切れません。特に、カッコよく書かれた理論的な説明を見て実際にやってみても、思ったようにいかないケースも多いと思います。整音で重要なのは、理論ではなく感覚なのです。

 ピアノの音を変えてほしいと技術者にたのんだ時、次のような結果になったり返答をもらったことはないでしょうか?

1:音がキンキンしているので柔らかくしてほしいと技術者にたのんだが、今度は音がこもってモコモコしてしまい、弾きにくくなってしまった。
2:音がキンキンしているので柔らかくしてほしいと技術者にたのんだが、終わってもそれほど変わっていない。または、調整した直後は変わったように感じるが、少し弾くとまたすぐに元に戻る。
3:音がキンキンしているので柔らかくしてほしいと技術者にたのんだが、それを直すには高額な修理代がかかると言われた。
4:音がキンキンしているので柔らかくしてほしいと技術者にたのんだが、もうピアノの寿命なので買い換えたほうがいいと言われた。

 これらは、すべて技術者の整音に対する技術不足による返答です。
 1は、技術者が柔らかい音とこもった音の区別がつかないために起こるトラブルです。
 2は、技術者は柔らかい音とこもった音の区別はつくが、正しい整音を知らず、音をこもらすのを恐れて、あまり深く込み入った整音が出来ない状況です。
 3は、こちらも技術者が正しい整音の方法を知らず、顧客に高額な費用がかかると言ってお茶を濁す状況です。
 4ですが、時として営業的に技術者が言っている場合もあるかもしれませんが、やはり正しい整音の方法をしらず、直らないのならばピアノごと買い換えてしまおうという状況です。
 特に4ですが、よく弾かれるピアノは、何年かすると必ず音のばらつきが出てきて、整音が必要となってきます。同時にそのとき、正しい整音をすれば、ピアノはさらに良い状態となり、木もなじんできて円熟期へと向かっていくはずなのです。それを買い換えてしまうようでは、すべてが台無しです。
 このような、トラブルがないようにするには、正しい整音への理解が、必ず必要なのです。では、正しい整音とはどのようなものか、順を追って説明していきたいと思います。


 整音という作業をピアノにする事により、ピアノの音色やタッチは大きく変化します。ピアノは買った時の音がそのピアノの音とは一概にはいえません。その後の弾き方や調整(整音)の仕方で大きく変わってくるものなのです。むしろ、買ってすぐの状態の時は、その性能を十分に出し切っていないと言えるでしょう。そして、整音という調整は、それによるピアノに対する影響が非常に大きいにもかかわらず、意外と知られていないのも現状です。

 では、ここで一つの質問をしてみたいと思います。次の二つの違いは何でしょう。

・音が出ている。
・音楽的に音が出ている。

 この質問こそ、これから説明するテーマでもあるのです。文字にすれば僅かな違いですが、その内容には大きな違いがあります。そして、その違いは、ピアノの鍵盤を少し押しただけで、わかるくらいにはっきりしたものなのです。
 日本にはたくさんのピアノがあります。ここまでピアノを普及させた日本の技術力は凄いと思います。100年の間にピアノを一つの産業として発展させ、国民の誰もがピアノを持てるレベルに引き上げたのですから。ピアノの歴史的にみてもこれほど大量に生産された時期はなかったでしょう。芸術品であるピアノが、あたかも工業製品のようにラインにのせられ、どんどん世の中に送り出されたのです。以前のヨーロッパやアメリカでも同じような時代はあったようですが、日本の場合、現代の工業技術とピアノブームが加わり、一気にその数の増加を加速させたのです。その数の裾野を広げるという意味で、日本は大きな貢献をしたといえるでしょう。(しかし、これは「功」の方であって多くの「罪」を残した、と調律師、杵渕直知氏は言っています。) 
 では、日本のピアノは質の上で世界のレベルに追いついたのでしょうか。この質問は非常に難しいと言えるでしょう。それは、ピアノの売上などは数字によって、その評価を決める事が出来るのに対し、ピアノの音は抽象的で評価の基準を出しにくいからです。
 しかし、一度でもヨーロッパやアメリカのきちんと調整されたピアノを弾いた事がある方は、その音の違いにショックを受けた事があるのではないでしょうか。
 では、なぜ日本のピアノとヨーロッパのピアノの音は違うのでしょう。それは、その土地の気候風土に反映して物というのは作られるということがあると思ます。どうしても本場のヨーロッパと同じ物が全く気候風土や歴史が違う日本で作ることは出来ないのです。さらにピアノの性能を決定する上で非常に重要な調整があります。それが整音です。ヨーロッパと日本のピアノの大きな違いの一つに、この整音の方法の違いがあげられるでしょう。この調整次第でピアノの音は天と地ほどの差になってしまうのです。(特に良いピアノほどこの差は大きく出ると思います。スタインウェイなど間違った整音をすると本当に魅力のない普通のピアノになってしまいます。)ただし、設計や材質はある程度数字にでき、目に見える形で表せるのに対し、整音はピアノのアクションについているハンマーという部品に針を刺し、フェルトの中の圧力を変えるという、見た目にはほとんどわからない作業なのです。この事があまり知られていない理由の一つでしょう。(もっとも針を刺したフェルトの表面にはよく見ると穴の跡が残りますが)そして、この正しく針を刺されたハンマーが弦をたたく事によってピアノは本来出すべき音を出す事が出来るのです。この事は、いくら良いピアノをつくっても、整音がだめならばそのピアノの持つべき音は出ない事になります。その意味で整音は「ピアノ性能を引き出すキー」という言い方も出来ると思います。このキーで扉を開けない限り、そのピアノの持つべき性能を引き出すことは出来ないのです。
 では、その整音について、もっと具体的に述べていきたいと思います。


整音の方法

 では、具体的にどのような方法で整音は行われるのでしょうか。ピアノの中を見ると木の周りにフェルトを巻きつけた、かまぼこのようなハンマーという部品を見る事が出来ます。この部分でピアノ線をたたきピアノのポーンという音を出すのです。このハンマーが硬いとピアノはきんきんとした金属的な音を出します。ですから、このハンマーのフェルトを柔らかくすれば、柔らかいピアノらしい音が出るようになるのです。では、どのようにして柔らかくするのでしょうか。それはフェルトに針を刺すのです。針を刺す事でフェルトの非常に緊張した圧力をほぐしフェルトを柔らかくする事が出来るのです。では、どの様に刺せば良いのでしょうか。まず1番直感的に考える事は打鍵点を刺せばハンマーが弦をたたく部分がソフトになり柔らかい音が出る様になる、という考え方です。確かに、ピアノがたえず同じ強さの音を出す楽器ならばこの方法も有効かもしれません。しかし、ピアノはピアニシモからフォルテシモまで幅広い音の強さを出せる楽器です。そのためこの方法はまったく通用しません。その理由は例えばフォルテシモに合わせて打鍵点を柔らかくするとピアニシモで弾く時には柔らかくなりすぎてしまい、非常にぼやけた音のする鳴らないピアノになってしまうからです。では、ピアニシモを犠牲にせずにフォルテシモを柔らかくするにはどの様にすれば良いのでしょうか。それには、ハンマーの打鍵点を直接刺さずに、その周りを放射状に深く刺すのです。1本の針で木やアンダーフェルトに達するぐらいまで刺します。フェルトピッカーという針のついた道具には大体3本針がつけられるようになっていますが、3本の状態で刺しますと刺す圧力が3つに分散されるため深く入りにくくなります。このため、整音の第1段階では1本に圧力を集中させ深く刺すべきです。これが、整音の第1歩です。ここから、本格的な整音がスタートします。1回や2回刺してもそんなに音に変化が出るわけではありません。何10回、時には100回以上刺さなければならない場合もあります。しかし、打鍵点を直接刺さないために、ピアニシモを犠牲にすることなくフォルテシモを柔らかくする事が出来るのです。この方法によってピアノの音は柔らかくなると同時に非常に響くようになります。おそらく、倍音を弦からうまく引き出す事が出来、それがピアノ全体で共鳴しているからでしょう。打鍵点の周りを十分に深く刺した後、次にピアニッシモで弾いて打鍵点を浅く刺して音を揃えます。ただし、打鍵点を刺す場合は極力浅く刺す事です(1mm〜2mm)。ここまでの作業でほぼ満足のいく結果が出るはずです。まだ、気になる金属音が残っている場合は、刺し方が足りないということになります。本来、整音作業はピアノの調整作業の中でも一番時間がかかる作業です。整音については、とかく理論的な事にこだわりたくなりますが、実際はハンマーの打鍵点のまわりを気が遠くなるほど何日も時間をかけて、ひたすら繰り返し針で刺すという非常に地味な作業です。そして、その基準となるものは人間の感性なのです。整音は調律と違い、具体的な数値で表す事が出来ないため、その方法については、人やメーカーによって違いがあるのも事実です。正しい方法とは、ピアノを弾いた時に気持ち良く弾けるようにするやり方であり、この事はどんな方法でもピアニストがこれで良いといえば、それが正しい方法と言えるかもしれません。そんな中で、こう刺してはいけない、という方法論もよく世間ではささやかれます。たとえば、針は決して深く刺してはいけない、打鍵点は絶対に触れてはいけない、針を刺しすぎてはいけない、などという事です。しかし、これらのやり方では、どうしてもフォルテシモやピアニシモで弾いた時に音にざらざらした感じを残してしまいます。整音をする上での有一の鉄則は打鍵点を絶対に深く刺してはいけない、という事だと思います。極端な言い方をすれば、打鍵点を深く刺しすぎないかぎり、音がつぶれる事はありません。(話は変わりますが、農業において基本は土を掘り起こすことだときいたことがあります。とにかく大地にスコップを入れ、土を掘り起こすこと、地味な作業ですが、すべての基本なのだと。しかし、このよく耕された大地に実りという豊かで大きなステージが出来るのです。ピアノのハンマーも、大地にスコップを入れるように、地味な作業ですが、とにかく針をフェルトに入れ、フェルトを掘り起こすのです。そして、このこのよく耕されたハンマーによって、豊かな音楽を表現する大きなステージが出来上がるのです。この事は、音という素材を使って料理するのがピアニストだとすると、その素材を作るのがピアノメーカー、そして調律師といえるでしょう。また、ピアノを弾くことを楽しむ視点からみれば、音という素材をつくるのがメーカーで、その素材を調理し素材のよさを引き出して音楽を楽しむ料理をつくるのが調律師、その料理を楽しむのがピアノを弾く人という見方も出来ると思います。ただ、このよく針が刺されたハンマーは時として、フェルトの表面に針の穴の後が多く残ったり、フェルトを変形させます。このハンマーをみて批判的な見方をする技術者も多いのですが、ピアノは技術者のものではなく、ピアノを弾く人のものと考えれば、何をピアニストは望んでいるのかという視点にまず立って調整を進める事が大切でしょう。)






 PIANO SERVICING,TUNING,AND REBUILDINGより 






  針を刺す順番ですがLAUD-MEDIUM-SOFTの順に刺すべきでしょう。まず、フォルテの部分は十分に刺す事が重要で、ピアノ知識アラカルトという本の中で著者、杵淵直知氏は次のように言っています。「1962年頃のスタインウェイ社のハンマーは非常に固くて、小型のグランドの中音部ではだいたい一個のハンマーに3千本の針を刺した。・・・・・・・・面白いのはハンマーが割れてしまっては元も子もないが、針を刺した両肩の部分が幾らか粗になり割れる気配を見せながら割れずに安定しているハンマーは非常に良い音を永続して出す事である。」(実際、私自身のピアノも含めて、私が調整しているピアノで、このように両肩が粗になっているピアノは何台かありますが、10年くらい使用しているピアノでも、ハンマーが割れたピアノは一台もありません。)特に響きにおいて、低音部の全体を支える太くてしっかりした、でも決して重苦しくなくキレのある響き、中音部の柔らかく溶け込むような、かつメロディーもしっかり奏でるような響き、高音部の鐘の鳴るような明るくはっきりした、それでいて丸みのある心地よい響きをつくるには、このフォルテの部分を十分にしっかり刺すことが重要なのです。また、硬い部分と柔らかい部分の差があった方が構造的にメリハリがあり、音にもそれが現れると思います。という事は硬いハンマーに針を刺して柔らかい部分を作った方がその差が大きくなるので、より表現力のあるハンマーが出来るはずです。このハンマーの硬い部分と柔らかい部分のメリハリのつけ方が音に重要な意味を持つことは、ピアノの構造にも当てはまると思います。つまり、しっかり造る部分は強く造って安定感を持たし、柔らかく造る部分は十分に振動させて音を響かせるということです。その意味で、整音においてハンマーの下の方も、安定した音を出すためには、決して刺してはならないでしょう。次にポイントとなる部分はMEDIUMの部分で、ピアノの響きを犠牲にすることなく、はっきりした音の輪郭を出すためには、LAUDからSOFTに移る前に、このMEDIUMの部分をしっかり刺す事が重要です。また、LOUDの部分も刺す部分には何段階も段階があるはずです。最後の仕上げに、先端の部分を浅く刺してピアニッシモをの音を作りますが、勿論深く刺すのは絶対にダメで、非常に繊細な配慮が必要です。音を聴きながらどの部分を刺すべきか、経験も必要だと思いますが、この細かい整音作業をする事で、ピアノの本当の音というものが見えてくると思います。そう、整音をする事は、音を見る事なのです。



整音のレベル

 それでは、今、日本にあるピアノのハンマーはどのような状態にあるのでしょうか。それを言う前に、ハンマーの状態をレベルに分けて説明したいと思います。

・ハンマーに全く針を刺していない状態。

 この状態のハンマーは生まれたばかりの子供のようなもので、何の制約もなく自由な状態です。今後の整音の仕方でピアノはどのようにもなる、大きな可能性を秘めた状態といえるでしょう。その意味で整音は、世の中に送り出すためにピアノにマナーを教える作業と言えるでしょう。ぜひとも良いマナーを教えなければなりません。この時のハンマーは、表面が柔らかいためにファイリングしなければならない場合もありますが、フェルトが非常に硬いため、きんきんとした金属的な音を出します。

・ハンマーの表面に少し針をさした状態

 この金属的な音を柔らかくするために、ハンマーの打鍵点に針を少し刺し、バランスをとっているピアノがよくあります。刺す程度にもよりますが、あまり刺しすぎなければ、ある程度かんかんとした鳴るピアノになります。しかし、打鍵点が柔らかく中が硬い状態ですから、ピアニッシモは曇った音ではっきりせず、フォルテシモは割れてしまい、またどこか詰まったような音になってしまいます。さらにこのフォルテシモの割れを直そうとするあまり打鍵点を深く刺しすぎると、全く鳴らないピアノになってしまいます。この方法によっても確かに音を揃える事は出来ます。しかし、これは間違ったマナーがピアノに教え込まれてしまっていて、そのピアノの持つべき性能が十分に発揮出来ない状態なのです。

・ハンマーの中に針を刺した状態

 この2の状態を打開するためには針を打鍵点をはずして深く何回も刺さなければなりません。このように刺せばピアノはたいへん響くようになります。フォルテシモはどこまでも広がるように響くようになり、ピアニッシモは曇る事なくはっきり響くようになります。(イタリアの名調律師タローネいわく、フォルテシモは宇宙のように、ピアニッシモは青空のように!!!)ただ注意しなければならないのは、2の状態のハンマーにこの方法を用いた場合、逆に鳴らなくなってしまう場合があるという事です。この原因を針を深く刺したためと考えるべきではありません。このため、ハンマーを1の状態に戻すためにファイリングをして刺した部分を取り去らなければならないのです。ですから、ピアノが鳴らないとあきらめていた場合もファイリングをする事で(時にはそうとう削らなければならない場合もある)鳴るようになるのです。その上で針を打鍵点の周りに深く刺すのです。

 今、世の中にあるピアノはこの3つのうちのどれかと言えるでしょう。そして、今の日本にあるピアノの多くが1か2の状態と言えるでしょう。ですから、ピアノがより音楽的な音を出すためには3のハンマーをつくらなければならないのですが、この3への移動は大変な事だと思います。時に1回白紙の状態に戻し1からやり直さなければならない場合もあるのです。
 この1、2と3の違いですが、単音で弾いた時には、それほど違わなくても、曲を弾いた時に全く違う世界、違うステージが存在します。ただ、2のハンマーをつくるより3のハンマーをつくる方がはるかに手間がかかるため、中途半端に調整すると、かえって以前の方が良いという誤解を生む場合もあります。特に調律の時間内に調整する場合は全体のバランスも十分に考えて、あまり急激な変化は避けた方が無難でしょう。


2のピアノがふえた理由

 それでは、なぜ日本には1、2のピアノが多く出回っているのでしょう。それにはいろいろな原因が考えられます。
 その1つは、日本のピアノがヨーロッパのピアノのコピーからスタートした事も考えられるでしょう。形はいくらコピー出来ても、整音という目に見えない精神的なものは、なかなかコピーしにくいものかもしれません。しかも、たとえよくない方法でも世の中に広く出回ってしまうと、後でいくら正しい方法を教えようしても中々修正がきくものではありません。土台のしっかりしていない上に家をたてても、それに気付かない限り、決してその家を壊してまた建て直そうという気にはなりません。しかし、その家はいずれ崩れてしまいます。もちろん、その事でピアノが壊れるような事はありませんが、ピアノや音楽が人間の精神活動の支えになっている事を考えると、決しておろそかにされる事ではないと思います。
 第2に整音の出来る環境が中々出来なかった、そのため調律はいくらすばらしく出来ても整音まで出来る調律師が育たなかった事も言えるでしょう。今の日本の調律学校は、調律の勉強が主で、整音まできちんと教える学校はほとんどないと思います。そのため、整音を勉強するにはドイツなどのピアノの会社に入って勉強するしかないのが現状で、そのため整音の出来る技術者はごく限られた人になってしまいます。もちろん日本のピアノの会社に入っても勉強出来ないわけではありまあせん。しかし、正しい方法を教えられる人や資料が少ないために、いくら才能はあっても中々それを開花しずらいと言えるでしょう。また、1部の本にはその方法が間違って書かれているものもあり、その方法で行なってピアノを鳴らなくした技術者のショックはそうとうのものです。(特に、ピアノの事をあまり知らない人よりも、ピアノを愛し、いろいろ知っている人ほど、そのショックは大きいでしょう。)その事で単純に針を深く刺す事の恐怖感や罪悪感を植え付けられてしまうのです。(勿論正しい刺し方を体験すれば、このような偏見や妄想は一気に吹き飛びます。何事も体験と想像には天と地ほどの大きな違いがあることを感じますし、私自身も今後気をつけていかなければなりません。)そして、次のように思うのです。「こんな大変な思いをするのは2度とやめよう。調律だけしっかりしていればそれでよいではないか。」 と。しかし、これも正しい方法を知らないために起こる悲劇といわなければなりません。
 第3に、あまりにもピアノが大量生産で造られ過ぎたといえるでしょう。1番てっとり早く音を整える方法は打鍵点に直接針を刺す事です。しかし、この方法がいけない事は今まで述べてきたとうりです。が、ピアノの需要に答えて世の中にどんどん送り出さなければならなかったという現実があり、どうしても1台1台じっくり音をつくるという作業はおろそかにされがちでした。これは、ドイツなどのすばらしいピアノに接する機会が中々出来なかった事も大きいでしょう。
 この他にも例えば気候の違い、環境の違い、文化の違い、材質の違い、発声の違いなども言われます。確かに、日本の気候はヨーロッパの気候と比べ湿気が多いと言われます。湿気が多いとピアノの音というのは鈍くなりがちです。また、音楽の歴史も日本は浅く到底ヨーロッパのそれとは比べものにはなりません。しかし、日本にあるヨーロッパのピアノは日本の音を出しているでしょうか。もちろん、いくらすばらしいピアノでも悪い整音をすれば今の日本的なピアノの音になってしまうのですが、正しい整音をしたヨーロッパのピアノからは明らかにヨーロッパの香りを感じる事が出来るのです。また同じ日本のピアノでも正しい整音がされているピアノと、されていないピアノを弾き比べた場合、ヨーロッパのピアノを弾き比べた時と同じような驚きを受けるはずです。勿論、設計上の違いは変えることが出来ませんから、日本のピアノをヨーロッパのピアノに変えることは出来ないのですが、正しい整音をする事でヨーロッパのピアノの響きに近つけることは可能です。つまり、正しい整音によりピアノは本来の持つべきヨーロッパの音を出す事が出来、または、それに近つける事が出来るのです。


正しい整音をしたピアノの特徴

 それでは、正しい整音をしたピアノは具体的の何が違うのか、いくつか述べてみたいと思います。

・ピアノの響き

 1番明らかに違うのはピアノ全体の響きです。特に、単音で弾いた時にはそれほど変わらなくても、ハーモニーや曲を弾いた時にその差ははっきり出て、同じピアノでもこんなにも違うものかと思うほどです。正しい整音をされたピアノは、響きに奥行きが生まれるため、ピアノの後ろの方で広がるように響き、間違った整音をされたピアノは鍵盤の上だけで響きます。この差は2台を並べて弾き比べると一目(聴)瞭然です。特に良い方から悪い方に移った時の違和感はなんともいえないものです。また、この事は人間の耳が音というものに簡単に順応してしまうという不思議さを感じます。(この響きの違いですが、いくら紙面を割いて説明しても、実際に感じてみなければ、なかなか実感出来るものではありません。それは、この後説明するピアノのタッチも同じです。そのため、この整音の違いでピアノの性能を判断してしまうことにもなりかねず、それは非常に残念なことです。)

・ピアノのタッチ

 ピアノのタッチは整音により大きく変わります。よく、ピアノのタッチが重いとか軽いというクレームを受けます。そのような時どの様に解決すればよいでしょうか。鍵盤の重さとは、鍵盤そのものの物理的な重さと考えてしまいがちですが、根本的な原因は整音にある場合が多いのです。実はピアノのタッチは音色と密接な関係があるのです。ピアノの音色が硬いとタッチは軽いと感じ、音色が柔らかいと重いと感じるのです。特に、こもった音で鳴らないピアノのタッチはとても重く感じます。それは本能的にピアノの音が鳴らないと鍵盤をさらに強く押してピアノを響かせようと無意識に感じているからです。良く響くピアノは少ない力で響かすことが出来ます。ですから、タッチが重い、軽い時は正しい整音をして直ることも多いのです。お客様からやる前に、「そんな魔法のような事が起きるのですか」、と言われた事もありましたが、終わってみるときちんと納得して頂きました。それくらい、整音によってピアノのタッチは変わるものなのです。(この事は逆の言い方も出来ます。つまり、ピアノのタッチが硬いので、ピアノの音が硬く感じるということです。今のピアノは、よくアクション部分にプラスチックが使われてしますが、プラスチックという硬い材質を経由してアクションを動かしハンマーを弦に当てるわけですから、当然木を使うよりタッチ感は硬くなります。そこで、出てくる音は硬いと感じてしまうのです。また、象牙の鍵盤は触れた感触が柔らかいので、音もソフトに感じるのです。「指先は耳なり」とは、ある有名な技術者が言った言葉ですが、いかに指先にしっくりくるピアノを造ること、調整することが大事なのだと感じさせられます。)

・ピアノの弾き方

 曲は主にメロディー、ベース、ハーモニーからできています。これを同じ強さで弾けば当然、音の数が多いハーモニーが1番大きく聞こえ、音量を出しずらいメロディーが小さく聞こえます。しかし、音楽を表現するには、その逆でなければなりません。メロディーが1番大きく聞こえ、ハーモニーが1番小さく聞こえなければならないのです。これは正しい整音がされていないピアノではかなり難しい事で、たいていはハーモニーが1番大きくなりメロディーがかくれてしまうのです。弾く人の技術力もありますが、正しい整音をすれば、かなりこの技術的問題が解決します。それは、音のダイナミックレンジが広くなるため各パートの音量をコントロールし易くなるからです。そして、音楽をより立体的に表現し易くなります。プロの演奏家のCDなどを聴くとメロディーが鮮明に浮き出てますよね。それは演奏者の技術もさることながら整音の影響も非常に大きいのです。また、この事は、いかにメロディーを浮き立たせられるように整音をするか、というのが正しい整音の基準になるとも言えるでしょう。(このことは、決してメロディーの多い高音部を目立つように、伴奏部分の中音部や低音部を控えるように調整するということではありません。中音部や低音部でもメロディーは出てきますから、この時もメロディーが響きに埋もれることなく浮き上がるように調整しなければなりません。)

・音楽的表現力

 ピアノを正しく整音する事で、音楽的表現力を格段に引き上げる事が出来ます。ショパンはよりショパンらしく、バッハはよりバッハらしく、ベートーベンはよりベートーベンらしく表現出来るようになります。バイエルやチェルニーもより音楽的に表現出来るようになります。タッチの重い鳴らないピアノで弾くバイエルほどつまらないものはないでしょう。その意味では、子供がピアノを嫌がる理由に、ピアノに原因がある場合もあるかもしれません。また、シューマンはたとえ音階練習であっても音楽的に表現しなくてはならないと言ったそうですが、正しい整音をする事でチェルニーの音階練習もより音楽的になってくるでしょう。(調律をする時も、タッチが重くて鳴らないピアノはとても疲れます。ピアノのタッチや音によって、調律の楽しさも変わってくるのです。その意味で、たとえ調律であっても音楽的に表現しなければならない、という言い方も出来ると思います。)


硬化剤の使用
 
 ハンマーを柔らかくしてピアノの音や響きを良くする方法を述べてきましたが、では逆にハンマーを硬くする方法はないのでしょうか。基本的には一回針を刺したハンマーを元の状態に復元、硬くすることは出来ません。それゆえ、この整音という調整には難しさや怖さがあるのです。しかし、一つだけ硬くする方法があることはあります。それは、ハンマーに硬化剤という薬品をつけてフェルトを硬くするのです。これで、もとの状態よりかなり硬くする事も可能ですが、フェルト自体の張力による硬さとは根本的に違うため、その音は確かにきらびやかになりますが、伸びや含みのない薄っぺらい音になってしまうので、基本的には薦められません。


ハンマーのファイリング

 ハンマーのファイリングとは、ハンマーで弦にあたる部分に溝ができ、その溝をハンマーの表面を削ることで平にする作業です。そしてその結果、音は柔らかくなるとまだまだ多くの技術者によって思われているようです。確かに、ハンマーが弦に当たることでその部分が硬くなるので、その硬い部分を削れば音が柔らかくなるという理屈はわからないでもないですが、それはピアニッシモで弱く弾いた時のことです。フォルテで弾いた時は、ハンマーを削ることによってハンマー内部のより硬い部分が表に出てくるので、確実に音は硬くなります。鳴らないピアノはこのハンマーファイリングの作業をすることによって改善する場合もあります。しかしその時に、間違った整音をすればまた元の木阿弥です。


低音部のボン線

 ピアノの低音部分の弦はピアノ線に銅線が巻きつけられたものが使われますが、この銅線が錆びてきたり劣化してくると芯のないボンボンという音になってしまいます。この場合はいくらハンマーの整音で改善させようとしてもほぼ無理でしょう。弦を緩めて叩いてある程度は改善する場合もありますが、やはり1番効果の出る方法は弦を交換することでしょう。


ピアノの弦圧

 ピアノの響きを決定する上で非常に重要な構造上の問題があります。ピアノは、ハンマーで弦を叩き、その弦の振動が駒という木を経由してピアノの後ろにある響板という木を振動させて響かせるのですが、この駒の位置が低いと弦の振動を響板に十分に伝える事が出来ず、だるい音になってしまい、どんなにうまく整音しても、またどんなに強靭なタッチで叩いても、ピアノを十分に響かせる事が出来ません。(また、絶対音感を持っている方は、この状態の時には音が高めに聞こえるようです。)年数が経つと弦の圧力で響板が沈み、駒の位置が低くなる事もあるので、ピアノをオーバーホールする前には必ずチェックして、低い場合は高くするようにしなければなりません。というのは、一回弦を張ってしまうと中々後で修正が出来ないからです。また、駒の位置を高くしすぎても、今度は弦の圧力で響板を押さえつけ響きを殺してしまうので、難しいところです。


これからの課題

 では、ここまで日本に広まったピアノに対し、これから技術者やプレイヤーはどの様に接していけばよいのでしょうか。
 楽器を商品にするには、物事の本質を追求する基礎と、それを応用し利益を追求する部分の両方がないと出来ません。この2つが車の両輪にように機能してこそ、うまくいくものなのだと思います。それが1番成功した例がスタインウェイでしょう。スタインウェイは良いピアノを追求する事と、それを市場にいかに広めるかという事、この2つに常に力を注いできました。ただ、この2つを両立させる事は大変難しいと言えるでしょう。それは利益を追求しようとすると、どうしても良い物を造ろうとじっくり物事に取り組む姿勢はおろそかになりがちだからです。この点スタインウェイは非常にうまくバランスがとれていると思います。(しかし、ドイツなどの小さなピアノ会社の中には宣伝にはあまり力を注がず、ただ良いピアノを造る事に集中し、すばらしいピアノを造っているピアノ会社もあるようです。)さて、日本はどうかというと、どうも利益を追求する方に片寄っているような気がします。こと、整音に関しては真実が置き去りにされたままで、追求までいっていない気がします。基礎が置き去りにされたまま、どんどんピアノが量産されてきたのです。しかし、このような状況も考え方を変えれば技術者にとってやりがいのある事かもしれません。それだけ、たくさんのピアノの音色を良くするチャンスがあるからです。今のピアノのハンマーに正しい整音をすればピアノは見違えるように生まれ変わる場合もあるのです。でも、1回打鍵点に針を深く刺したピアノも多いので、ある程度良くなっても、その先中々良くならない事もあります。そのようなハンマーは、出来ればハンマーを全部交換して、1から正しい整音をする事をおすすめします。ハンマー交換の修理代は10万円くらいかかりますが、ピアノを一生の趣味として続けていく事を考えれば決して高くはないかもしれません。


作者紹介

 私自身、整音を始めたのは20年位前の事です。周りに詳しい人もいなかったので、断片的な知識ぐらいしかなく、半分あきらめかけていた時期もありました。そんな中、2冊の信頼出来る本に出会えた事が大きかったと思います。その1冊は杵渕直知氏の書かれたピアノ知識アラカルト(ムジカノーバ=発行、音楽の友社=発売)です。この方は日本人で初めて、ヨーロッパで整音を本格的に勉強した人です。この本の中では時に日本のピアノの現状について厳しい意見が書かれています。もう1冊はARTHER A・REBLITZの書かれたPIANO SERVICING TUNING AND REBUILDINGです。英語で書かれた技術書で、整音の方法について書かれている部分はその中の6ページですが、大変参考になります。日本で出版されている本で、この様なすばらしい技術書がないのは非常に残念です。・・・ちょうどそのこ頃、ハンマー交換をする機会がありました。はじめはすぐに終わるだろうと思っていましたが、結局自分の満足のいく音になるまで1年以上かかってしまいました。もちろん仕事の時間外にです。どうしても自分の納得のいく結果を出したかったからです。そんな私の1番の指針となったのは楽曲を弾く事でした。整音が進むうちに耳も敏感になっていき、曲を弾いていると気になる音はすぐにわかるようになってきました。最後までスムーズに1つの音も気にならないで弾く事は容易な事ではありません。それは今でも同じです。これで良いと思って曲を弾いてみると、悪い部分が鮮明に見えてきます。調律と演奏の技術は違うから調律師はピアノを弾ける必要はないという意見も聞きます。確かに音を合わせるだけならばそれでよいかもしれませんが、整音まですることを考えると、やはり調律師もある程度ピアノが弾ける必要があります。調律でユニゾンとオクターブを聴いているだけでは、どうしても音色やタッチの微妙な感覚はわからないからです。それから、音について的確なアドバイスをしてくれる人がいる事も重要です。自分の作った音を誰か第3者の人、出来ればピアノの弾ける人にみてもらい、その音について感想を言ってもらうのです。ただ、出来るだけ遠慮しないで思った事が言える人に見てもらうべきで、よいしょするような意見には気をつけるべきです。確かに自分が一生懸命作ったものをあっさり批判されるのは、あまり気分のいいものではありません。しかし、それを受け入れなかったら、それ以上の発展はありません。整音をするには、自分の理想を追求する信念と、周りの意見を素直に聴く柔軟さがなければ、良い結果は得られないのです。


ピアノ音楽を決定するもの

 ピアノ音楽を決定するものは3つあると思います。演奏者の技術、調律師の技術、ピアノの表現力です。一つ目の演奏者の技術、これは言うまでもないでしょう。偉大な作曲家の作品を直接聴衆に伝える演奏家はまさに音楽の花形です。何年もかけて積み上げた神業的な演奏テクニックをみた時、大きな尊敬の念を抱かずにはいられません。そして、どのような音楽も自分の手で演奏できれば、どれほどすばらしい事か思ってしまいます。二つ目に調律師の技術、地味な仕事ですが欠かす事が出来ない技術です。それは音を合わせる、機械の調子を揃えるだけではありません。一番芸術性が問われるのが整音です。それは、どんなにすばらしいピアノでも、この調整をしてピアノの持っている潜在的な能力を引き出してあげなければ、良い音楽を語ることは出来ないからです。三つ目にピアノの表現力です。ピアノそのものの技術力ともいえるでしょう。時に良いピアノは演奏家や作曲家に霊感を与えます。実際、多くの作曲家がピアノメーカーに賞賛の言葉を残し、そして注文をして、ピアノの発展を支えてきたのです。この三つが高いレベルで揃うほど良い音楽を語る事が出来ます。この内、演奏者の技術と調律師の技術は融通のきく技術です。というのは、個人の技術力だけで音楽性を格段に引き上げる事が可能だからです。しかし、ピアノそのものの表現力はそうはいきません。それは、設計でピアノの音が決められているため、決してそのピアノの性能以上のものを引き出す事は出来ないからです。いくらすばらしい調整、演奏をしてもヤマハのピアノでスタインウェイの音を出すことは出来ないのです。また、ヤマハのピアノも、特に初期のものは、材料も良いものを使っているため、音も今のものより良く、特に高音部などうまく調整すれば、鐘の鳴るような輝かしい音がします。それから、ピアノのタッチも特にヨーロッパのピアノは、始めは多少重く感じるかもしれませんが、馴れてくると人間の感性に即していて、とても自然に感じます。決して日本のピアノでは味わうことの出来ない自然なタッチ、音の深みはどこから来るのでしょう。日本人としてプライドを砕かれるような思いもしますが、事実として忠実に受け止めなければならないでしょう。そして、どんなに質の良いピアノを造ったとしても、ヨーロッパに対する尊敬と敬意は決して忘れてはならないと思います。ヨーロッパは近代文明の発祥の地なのですから。


響きについて
 
 ここで、もう一度「響き」について述べてみたいと思います。この一見つかみ所のない抽象的なものは、音楽や楽器に魅力を感じさせる一番の要因といってもよく、料理で言えば「味」という事になるでしょう。どちらも数値で表現する事は出来ないので、人間の感覚だけがたよりです。以前ヴァイオリンの弾き比べのラジオ番組がありました。一台はストラディヴァリウスでもう一台は最近作られたヴァイオリンです。この2台には明らかに違いがみられました。最近のヴァイオリンは大きな音で、硬い感じの音だったのに対し、ストラディヴァリは音は小さく感じましたが、とても良く響いていて甘く包み込むような感じの音でした。始めに、どちらのヴァイオリンかは伏せて、100人くらいの人に聞いてもらってアンケートをとりましたが、おもいしろい事に、半数以上の人が最近のヴァイオリンをストラディヴァリだと感じたのです。また、私は吹奏楽の経験者で、今も時々演奏会を聴きにいきます。吹奏楽の作曲家で有名なのが「アルフレッド・リード」で経験者なら誰でも知っているくらい、ピアノでいえばショパンのように、吹奏楽の代名詞といっていいくらいに素晴らしい曲をたくさん残したのです。(吹奏楽ときいてマーチくらいしかイメージ出来ない人も多いかもしれませんが、リードの作品を聴けば、それはほんの一部分で、幅広くいろんなジャンルの曲が高い芸術性で吹奏楽では表現出来る事がわかるでしょう。)そして、その響きも独特で、迫力はあっても、うるささを感じさせません。音のエネルギーを出来るだけ響きに還元するようなオーケストレーションで、そのことが、少し聴いただけでこれはリードの曲だとわかる、独特な響きを醸し出しているのでしょう。
 私は以前整音した後に、お客様に弾いてもらった感想として、「音は小さくなったように感じる、でもその音のエネルギーが別の何かにに変換されたようだ。」と言われたのを憶えています。一見すると大きくて迫力のある音の方が魅力があるように感じますが、個々の音が大きい音を主張して集まってつくられた響きよりも、それぞれの音が強調して溶け合ってつくられた響きの方が、はるかに惹きつけるものがあると思います。そして、「本当の響き」を体験すると、それがなんともいえない離れがたい魅力として、いわゆる本物の価値感としてずっと残っていくものだと思います。


響きの豊かさ、深さ、楽しさ

 響きの豊かさ、深さ、楽しさ、正しい整音をした時に得られる結果です。間違った整音をすると、響きの乏しさ、浅さ、苦しさ、と全く逆になります。”音楽”と”音が苦”の違いは非常に大きいものです。音階の基本は倍音から構成されており、この倍音をいかに綺麗に響かすかが、良い響きをつくることになります。この倍音を綺麗に響かせる調整が整音なのです。単に音を柔らかくするという表面的なものではありません。倍音を構成する音を合わせるのが調律ならば、もう一歩考え方を深めて、調律も倍音を綺麗に響かせるための狭義の整音という見方も出来るかもしれません。整音はそのピアノの持ちうる響きを最大限引き出すための調整であり、最終的にピアノの響きを決定する調整であり、決して補助的にピアノの音を整えるという狭いものではないのです。そのためには、多少オーバーな言い方かもしれませんが、いかにピアノの音が大地に根ざし、自然に溶け込み、神を崇めるかという観点に立って調整し、ピアノの個性を引き出してあげる事が重要なのです。
 (最近とても興味深い本に出会えました。中村明一著のその名も「倍音」という本です。中村氏はプロの尺八奏者ですが、まさに倍音が音楽を構成する上で主役である事を非常に面白く書いておられる。そして響きというものに強い関心を持っておられる。中村氏の言葉で言えば、ピアノの調整は倍音の調整に満ちているのです。尺八とういう日本の楽器と、ピアノという西洋の楽器の、良い音を出す上で倍音の考え方に根本的な違いはあるように思いますが、西洋音楽と邦楽の違いを客観的に見る上でも、そしてこれからの音楽を考える上でも、大きな指針を与える本と言っても過言ではないと思います。)


ペダルの踏み方

 一見整音とは関係ないことのように思えますが、実は倍音を響かすということにおいてペダル操作というのは非常に重要な要因なのです。
 ピアノの音は立ち上がりが一番大きく徐々に減衰していきます。ハンマーが弦に当たった瞬間の音が一番たくさんの倍音を含んでいて、いわゆる最も美味しい瞬間なのです。
 
一方ペダル操作ですが、曲の中でペダルを踏み変えるタイミングがポイントとなります。多くのかたが次のフレーズに移った瞬間にペダルを踏み変えているようです。そのことによってフレーズが滑らかに移行する効果があるということでしょう、私もかつてそう教わりました。しかしです、これでは音の立ち上がりの一番美味しい部分でペダルを放しているために、曲の良さを封印させているとしか思えません。フレーズが切り替わる直前でペダルを踏み変えて、音の立ち上がりの一番美味しい部分をペダルを踏んで響きを開放させることで音楽は劇的に変わります。いかに倍音を響かすことが重要かがここでもわかります。
 バッハなどの古典はペダル操作をそれほど必要としない曲も多いので、まずはバッハで響きの基礎を学んでという意見もわからなくもありません。勿論バッハはあらゆる音楽の基礎であると思いますが、だからといってペダル操作にあまり重点をおかないバッハの音楽を元にして他の音楽を捉えようとするのは、ことペダル操作に関しては大きな問題があると思います。ペダルに極力たよらないで音楽を響かそうとするにはバッハの音楽は勉強になるかもしれません。しかし、特にロマン派以降のピアノ音楽は、ペダルを正しく踏むことによって響きを十二分に謳歌させなければならないのです。


整音のプロジェクト


 ピアノを整音してピアノの音が良くなる事、それは演奏者に喜びを与えると同時に調律師にも満足感を与えます。私は調律を始めた頃から、なぜピアノの高音部の音はみなこもっているのだろう、もっとすっきりクリヤーな音で鳴らす事は出来ないのだろうか、それは構造上仕方ないものでこういうものなのだろうか、という疑問をもっていました。しかし、整音という調整でピアノの音は変える事が出来る事を発見してからは、自分の中にあったもやもやしたものも、かなりすっきりしました。自分の思い通りに音がつくれる喜びは、調律師にとってかけがえのないものでしょう。お客様から、ピアノの調整をしたら、幼稚園の小さい子までピアノが弾き易くなって喜んだ、グランドピアノを買おうと思っていたけれど音が良くなったので買わなくてもこのままで良いと思う(少し残念)、などという意見をきくと嬉しいかぎりです。しかし、同時にピアノの音を変えることはリスクもはらんでおります。それは、整音は他のピアノの調整と違い、一度音を変えると元の状態に戻すのは難しいからです。でも、経験を積む内にリスクはコントロール出来る様になるものです。それは、車の運転と同じです。車の運転を知らないうちは、事故を起こしたらどうしようとか、つい悲観的な見方をするものですが、運転が出来るようになると、自分の中の世界観が広がるような、そのすばらしい感覚の方に意識がいくものです。リスクを恐れていたら、なにも前には進みません。これからも、決して自分の中で、おごり高ぶる事がないよう、細心の注意をもって、この整音という、難しくてやりがえのある調整を続けていくつもりです。整音を始めたころよりは私もかなりいろいろな事がわかってきましたが、さまざまな多くのピアノをこれから調整していく上で、まだまださらなる発見があるでしょう。それは、他のピアノの調整、調律や整調は、数字を用いて基準を表せるのに対し、整音は具体的に数値で表現することが出来ないぶん、いろいろな可能性や将来性があるからです。それは、物語を書くようなもので、無限の可能性があるといえるかもしれまません。もちろん、文章を書くのにも文法などの決まりがあるように、何をしてもいいということではありません。物語を書くということは人の心を感動させなければならないように、整音という調整をするということは人の心を感動させる音や響きをつくることなのです。そして、この整音という調整を含めて調律や整調を見つめることで、調律や整調も大切なのは、基準通り正確に合わせるという狭い見方にとらわれるのではなくて、もっと広い意味のあるものだという事に気が付くようになるでしょう。ここ近年ピアノ業界は低迷の時代が続いていますが、将来性を考えれば、整音の重要性はますます増してくるように思えます。その意味でピアノの整音は調律師が一生をかけて取り組むべきプロジェクトなのかもしれません。(私のイメージする究極の「音」とは、チューリップや喋喋を弾いても感動する「音」です。)


キラキラ星による聴き比べ

 キラキラ星のメロディーによる整音していないピアノと、整音してあるピアノの違いの聴き比べを載せてみました。

整音していないキラキラ星  整音してあるキラキラ星

整音していないキラキラ星は、喉をつまらせたようなこもった音で、和音で弾いた時は一つ一つの音が響きに埋もれてしまうのに対し、整音してあるキラキラ星は、喉を開放させ広がりのある艷やかな音で、和音で弾いた時は柔らかい響きの中にも一つ一つの音がはっきり聴こえてくる響きのキラキラ星になっています。整音していないキラキラ星だけ聴いていれば、こういうものなのかなと馴染んてしまいますが、整音してあるキラキラ星と聴き比べると、明らかに違和感を感じないでしょうか。さらに、ピアノを実際に弾いてみると、そのタッチ感にも大きな違和感を感じるはずです。(整音する時は、常に音に艶を持たせる事、キラキラした感じを持たせる事が重要です。モコモコしたこもった音ではヒラヒラ星になってしまいますし、キンキンした金属的な音ではギラギラ星になってしまいます。)

ため息による聴き比べ
 ため息のメロディーによる整音していないピアノとしてあるピアノの違いの聴き比べを載せてみました。

整音していないため息1  整音していないため息2  整音してあるため息


整音していないため息1はこもった音で中に向かって響いている感じ、整音していないため息2はキンキンした音で明るい感じですが硬い感じ、整音してあるため息は明るい音で外に向かって広がりのある響き、そして夢の世界に引き込まれるような幻想的な響きになっています。こちらもキラキラ星同様、整音していない方だけ聴けばそれに馴染んでしまいますが、整音してあるため息と比較すると明らかに違和感を感じないでしょうか。整音とは、音を柔らかくする事と捉えがちですが、打鍵点だけ刺す整音では前者1のようなのようなこもった響き、刺さなければ2のような硬い響きになります。それは、英語でいうヴォイシングではありません。ハンマーの打鍵点のまわりを深く刺す事で後者のようなイタリア歌曲のような広がりのある響きになるのです。これこそがヴォイシングなのです。



整音の”整える”の意味


 整音の意味を字の通り捉えると、音を”整える”となります。整えるときくと何となく綺麗な言葉に感じます。だから、音を整えれば音も良くなるだろうと考えてしまいがちです。しかし、良いものと悪いものを平均化させて、音を整えても、決して人を感動させる音は作れません。感動させる音を作るためには、むしろこの整ったものを一旦壊し、殻を打ち砕いて新たな世界に足を踏み入れるくらいの気合がなければなりません。整音をしていると、常にこの整った状態に引き戻される感覚に陥る事があります。ピアノばかりではありません、人間も常に整ったものを良しとし、そこに引き戻そうとします。整った綺麗なものに安住する方が楽だからです。でも、歌を歌うにしても、正確に整った音で綺麗に歌っても決して人を感動させる事は出来ません。その意味では、同じ整音でも、英語ではヴォイシングといいますから、こちらの方がよっぽど的を得た言葉といえるでしょう。


技術と芸術

 技術と芸術、この二つははっきり分けなければならない。技術を芸術と思い込んだり、芸術を技術と思い込んだりするから世の中は混乱する。
 芸術家岡本太郎氏は、こう言っている。「他人の作った芸術作品を寸分の狂いもなく同じものを作る、これは職人的な技術だ。そして、芸人と言うべきだ。一方、他人の作った価値観を打ち砕き、新しいものを創造すること、これは芸術だ。芸術は必ずしも高度な技術を必要とするとは限らない。」これは、現代の美術が、ルネッサンス時代のように、高度な技術を必要としなくても、価値の高い芸術作品がある事からも明らかだ。
 調律は技術だ。一つ一つ技術を積み上げて、2年以上研鑽を積んで、やっと出来るようになる。一方、整音は芸術だ。整音する人の感性がすべてであり、ハンマーに針を突き刺すという行為自体は、調律のように必ずしも複雑な技術を必要とはしない。ただ、調律師のように様々なピアノに出会って整音し、感性を磨くという行為はどうしても必要になる。整音は技術だという思い込みが激しくなると、一人一人個人に合わせた微妙な調整というのが出来なくなる。


整音の先駆者、杵淵直知氏の言葉

 日本における整音の先駆者、杵淵氏のドイツ研修就業時代に残された言葉です。まさに、整音の本質を捉えておられる言葉だと思います。杵淵氏の意思は、今後、ずっと語り継がれ、実践されていかなければならないと思います。

「あくまでピアノはピアノでなければならないんだ。マンドリン合奏であってはならないんだよ。べーゼンに行って良く解ったが、設計、工作上の個性が夫々のピアノにあるんだ。そいつの持つ最大の能力を引き出し歌わさなければいかない。厳密に言うと、一台一台のピアノと語り合いながら、そいつの個性を引き出すのだ。僕が僕の先生アルブリヒトを尊敬するのは、彼の技術は音を作るっ職人を通り越して、彼の音に創造があるからなのだ。一台一台のスタインウェイが、夫々の持って生まれた最大の能力を歌わされているからなんだよ。もっと、もっとつきつめて考えた時、技術は手先の魔術じゃいけないんだ。もっとオーソドックスなものでなければね。
 我々はピアノに音楽を歌わせる、音楽のたましいを吹き込む調律師でありたいと思うんだ。調律がうまく、持ちが良く、整調が完全に出来る、というのは当たり前で、最低の条件。音に魂を吹き込めなければいけない。今、学びにきているのは、正にこれなんだ。「杵淵はドイツに行って、帰って来ても何の進歩もなかった。調律は時間を食うし、整調は私の気に入らない。だから、息子も2ヶ月くらいドイツを見させたら帰らせるんだ。」と、言っているものがいる。整調の接近が0.5ミリ彼と違おうが、キイの深さ(僕はスタインウェイの定規でやっている)が、0.7ミリ違おうが問題じゃない。高音が2サイクル高かろうが低かろうが、これも大して問題じゃないよ。今迄ボタンの事もオオソリのことも全く知らなかった。そして、文化会館や第一生命、日比谷、古いピアノはみな割れる音を出し、聞くに耐えない。ルービンシュタインの時良かったのは、アルブリヒトが選んだ新品だったからだ。」



それでは私が以前にハンマーを交換し1から整音したピアノのリストをあげてみます。

アトラス
ヤマハ P1
カワイ K20
カワイ KS1
コーラ&キャンベル
ヤマハ C7
ベルリン(グランド、ドイツ製)
ヤマハ U300
ジョン・ブロードウッド(イギリス製)
ヤマハ G3
ディアパソン グランド
キャッスル
ビクター
ブラザー
バイエルン
ヤマハ G1

 以上のピアノは技術者にとってはお馴染みのピアノですが、1から整音し直してみると、それぞれのピアノの個性が鮮明に浮かび上がってきます。また、その他にもハンマーを変えずに概存のハンマーを整音することでかなり良くなったピアノもあります。今後も1台でも多くのピアノが正しい整音によってその持つべき性能が十分に発揮出来る様になる事を願ってやみません。

 上に書いたブラザーという整音済みのピアノで演奏した動画を載せますので、整音したピアノがどのような音や響きになるか、よろしければ参考にしてみて下さい。
リスト作曲「愛の夢」 ピアノ:ブラザー https://youtu.be/Et-OVU1GxSQ
 因みに、それぞれのハンマーにはおそらく百回以上針を刺し、ピアニッシモをハッキリ出させるためにファイリングし、硬化剤は全く使っていません。針刺しやファイリングに抵抗や時には恐怖感を感じる技術者や演奏者のかたも多いようですが、ポイントはハンマーの見た目の形状や状態に捕らわれるのではなく、そのハンマーから出てくる音に意識を耳を傾けることです。ドビュッシーも言ったではありませんか「良いピアノとはハンマーの存在を感じさせないピアノである」、と。

 何か意見や質問等ありましたら、メールで送って下さい。