古典調律 本文へジャンプ


 ここ一年の間、古典調律のピアノのクラシックコンサート、古典調律のピアノのジャズコンサートに立ち会う機会がありましたが、クラシックの現代曲やジャズの近代的和声にも十二分に対応出来ることがわかり、ますます古典調律の素晴らしさを実感出来た一年でした。古典調律によって変わるもの、それはピアノの響きそのもので、よりクリヤーでピアノらしい響きになります。それは、調号の少ない調だけでなく、調号の多い曲も、いや調号の多い曲ほどそのクリヤーな響きを実感出来ました。今までは、古典調律は、調号の少ない曲のものというイメージがありましたが、調号の多い曲にも足を踏み入れその曲の良さをどんどん引き出していくことで、響きの豊かな安心出来る心地よい音楽を聴ける機会が増えていくものだと思います。

 まず始めにですが、平均律と古典調律のピアノで弾いたリスト作曲の「愛の夢」を聴き比べてみて下さい。録音状態もよくなく私自身のつたない演奏で恐縮ですが、古典調律で弾いても、それほど違和感は感じられないと思います。勿論この曲はある調に偏った曲ではなく、曲の中で白鍵黒鍵を使ったあらゆる調が現れます。そして、一番の違いは全体を覆う響きの違いということを感じていただけると思います。古典調律のピアノの方が箱鳴りの要素が強いのです。ショパンなどにはより合うと思いませんか?ではその箱鳴りの要素とは理論的にどのようなものか、これから説明していきたいと思います。

平均律の「愛の夢」 https://youtu.be/Et-OVU1GxSQ
古典調律の「愛の夢」 http://youtu.be/_fKwxNpxlko


  調性とは何でしょうか?なぜ作曲家はいろいろな調性で曲をかいたのでしょうか?なぜバッハやショパンは.(平均律)クラビィーア曲集や24のプレリュードのような24の調性全部を使った曲集をかいたのでしょうか?それは.それぞれの曲にあった調性を選んで.作曲家は曲をかいたからではないでしょうか。
 もっとも、24の調性全部が同じ表情の平均律では、調性による変化は決して出ません。古典調律といわれる調律法によってのみ、この調性の変化は出るのです。いわゆる、トーンカラーといわれるものです。それぞれの調性に、それぞれ違うステージがあるという言い方も出来ると思います。
 それでは、その調性の違いとは、どのようなものでしょうか?まず、作曲家のかいたある程度有名な曲を調性ごとに分類してみましょう。

シャープやフラットの少ない長調の曲:ハ長調やヘ長調

  バッハ  (平均律)クラビィーア曲集より第1番プレリュード     
  ショパン 練習曲Op10,No1       
        練習曲Op10.No8
        ノクターンOp15.No1
        バラードOp38
  リスト  超絶技巧練習曲No1
  ドビュッシー ベルガマスク組曲より「プレリュード」
          前奏曲第1集より「沈める寺」


シャープやフラットの多い長調の曲:変イ長調 変ニ長調 変ト長調

  ショパ ン 練習曲Op25.No1
        練習曲Op.25.No9
        前奏曲「雨だれ」
        ノクターンOp.15.No2
        ノクターンOp27.No2
  リスト  愛の夢 第3番
       コンソレーション第3番
       ため息
  ドビュッシー ベルガマスク組曲より「月の光」
          前奏曲第1集より「亜麻色の髪の乙女」

シャープやフラットの多い短調の曲:ハ短調 ヘ短調 変ロ短調 変ホ短調

  ベートーベン ソナタ「悲愴」
           ソナタ「熱情」
  ショパン  練習曲「革命」
         ノクターンOp48.No1
         スケルツオOp.31
         ソナタ第2番「葬送」 


 このように見てみると、調性が似た調には、同じような感じの曲が集まっていることに気がつかないでしょうか。つまり、調号の少ない長調の曲には、比較的落ち着いた和声的な曲が多く、調号の多い長調の曲には、メリハリのある旋律的な曲が多いのです。また、調号が増えるにしたがい、短調の曲は暗くなります。
 では、なぜこのようになるのでしようか。それは、古典調律で調律すると、調号の少ない長調の曲の音程は比較的低く、調号の多い長調の曲の音程は高めになるからです。(短調はその逆) 音程が低くなることで3度音程が純正に近ずき和音がきれいに響くようになり、音程が高くなることで旋律がうき出るように響くのです。また、短調の場合は調号が増えるにしたがい音程が低くなるので暗い表情になるのです。(この事は和音がきれいに響く音程と、旋律がきれいに響く音程は、微妙ですが全く違う事を意味します。平均律で調律した場合は、その字のごとくきわめて平均的な音程なので、和音も旋律もそこそこきれいに平均的に響きます。)また、古典調律で調律したホ長調や変ホ長調などは中間的な音程になり、音の高さは平均律ににているのですが、古典調律の方が純正な音程を多く含むので、ずっときれいな響きになります。(オクターブ12音における平均律は一種類しかないのに対し、古典調律は、その組み合わせ次第で無限にあるといっても良いでしょう。しかし、ここでは、あえて古典調律の中でも最も合理的に考案され、また多くの作曲家が採用したと思われる、後述するヴェルクマイスター調律法を中心に話を進めさせていただきたいと思います。)本来、他の楽器や人の声は微妙に音程を変える事が出来るので、その場に応じて和声的、旋律的な音程をつくる事が出来るのですが、ピアノのような鍵盤楽器の場合は、1度調律で音律を決めてしまうと、演奏者が演奏中に音程を変える事が出来ないため、調律法が重要な意味を持ってくるのです。(もっとも弦楽器は開放弦という制約が、金管楽器はピストンという制約が、木管楽器は穴の位置という制約がありますが、この制約を考えて調を決定することは、これらの楽器でも行われていると思います。そう考えると音程に関して本当に自由なのは、人の声とトロンボーンかもしれません。)
 その他にも、調を決定する上で基準になるものとして、音の高さや、運指の方法、イメージなどもあるでしょう。つまり、ハ長調よりト長調の方が音が高くなるので明るい感じになる、また黒鍵を使った方が指を動かしやすい、黒鍵を使った方がシャープなイメージになる(ただし、これはなんの理論的な根拠もありません)などです。しかし、これらだけでは、24の調性すべてを決定する要素としてはあまりにも大味すぎます。ここに古典調律の微妙な響きの違いを考慮することで、より立体的に24の調性感をイメージする事が出来るようになるのです。
 実際、ピアノを古典調律にして演奏してみると、改めてその曲のもつよさを再発見したりします。そして何よりも驚くのはピアノの音色が変わる事です。よりピアノらしい音色になります。ただ、平均律でひくことになれた場合、古典調律でひくと多少違和感を感じることもありますが、調性を気にすることで、音楽に対する興味がまた新たに増えるのではないでしょうか。

  

     ビートについて

 きちんと平均律で調律したピアノで、中音ふきんの音階上のド〜ミの3度の和音をきいてみてください。1秒間に7回ぐらいのビィブラートのようなビートがきこえると思います。これは、ミの音が純正のミの音よりもかなり高いためにおこるもので、純正のうなりのない和音とはほどとおいものです。ただし、旋律的にはミの音が高い方がきれいに響くので、ショパンやリストの旋律のきれいな曲は平均律でひいても比較的きれいに響きます。ただ、フラット4つ以上の調(ピタゴラス音律)では、これよりさらに高いミの音が要求されるので、これらの調の曲を平均律でひいても決してその曲のよさを出しきることは出来ないのです。(純正の和音のサンプル 平均律の和音のサンプル
 次に、中音ふきんの音階上のドーソの5度の和音をきいてみてください。こちらは、5秒間に3回ぐらいのビートなのでそれほど気になる響きはきこえません。ただし、純正の5度と比べると明らかに濁って聴こえます。
 古典調律に調律すれば、へ長調が一番ビートの少ない純正度の高い調になります。牧歌的なのどかな曲にヘ長調の曲が多いのも、うなずけるのではないでしょうか。
 (楽典で協和音程は、完全協和音程と不完全協和音程に分けられますが、古典調律において、この2種類の違いは重要です。つまり、5度や4度の完全協和音程は、そのずれによって生じる唸りの人間の聴覚の許容範囲の幅が少ないのに対し、長3度や短3度の不完全協和音程においては、その唸りの許容範囲が広くなるのです。そのため、この長3度、短3度の幅広い唸りの変化が、音楽の表情に大きな変化をつける事になるのです。)

     ピタゴラス音律

 フラット4つ(短調は3つ)以上の調をピタゴラス音律といいます。この音律は、全体的に高めの音程になるため、旋律が大変きれいに響くのですが、和音的には3度音程がにごるので、あまりきれいではありません。では、ピアノでひいた場合、にごってきこえるのではないかと思われるますが、ここで、弾き方と、ピアノの調整が問題になってきます。つまり、特にこの調でひくときには、伴奏部分を小さめにおさえるようにひくのです。また、ピアノの調整も重要で、特に整音をしっかりしておくことです。整音とはピアノに表現力をつける作業で、これをしっかりすれば、ダイナミックレンジの広い表現力豊かなピアノになります。このことで、たとえメロディーをmfのつよさでひいても、伴奏部分をかなり小さくおさえることができ、和音のにごりも気にならず、旋律がうき出るように響くのです。(このピタゴラス音律の長3度ですが、かなり多くのうなりを出し、単独で弾くと耳障りにすら聞こえます。それゆえウルフという言い方も出来ると思いますが、これも優れたピアノ、特にヨーロッパの一流ピアノで弾くとこのウルフがあまり気にならなくなるので不思議です。全体を包み込む様にピアノが響くためでしょう。CDで聴いていると、古典調律で演奏しているピアニストが何人かいますが、この長3度のウルフが全く聞こえてこないのもうなずけます。しかも、調による曲想の変化はさらに大きく表れるのです。)

     和声的な「ピタゴラス音律」の曲

 ピタゴラス音律はきわめて旋律的な音律なのですが、決して和声的な曲がないわけではありません。ピタゴラス音律の音程は高めなので、その和声は非常にはりのある明るい響きになります。そのため、和声的なピタゴラス音律の曲はたいへん明るく緊張感のある曲になります。(例  ベートーベン、ソナタ「熱情」第2楽章  シューマン、「謝肉祭」  リスト、「超絶技巧練習曲」より第11番)  

  

     純正5度とせまい5度

 古典調律には、純正5度とせまい5度があります。(平均律はみんな少しせまい5度) せまい5度は純正5度に比べると音程がせまく、にごってきこえますが、このせまい5度にも意味があるのです。純正5度は緊張感のある透明な響きがしますが、せまい5度は緊張感の少ないやわらかい響きがします。シャープ系の調にせまい5度が多く、特に長調において比較的和声的におちついた曲がこの調の曲に多いのも特徴ではないでしょうか。また特に短調においてはこの狭い5度は響きに迫力や力強さをあたえます。特にハ短調に劇的な曲が多く、またショパンやリストのピアノソナタのどことなく悪魔的な響きがロ短調で書かれているのも、この狭い5度を主和音にもつ調の特徴を生かしていると思われます。


     ショパンの「24のプレリュード」


 この曲は、ショパンが24の調性全部をつかってかいた曲集です。この曲集は、ロマン派以降の調性音楽の指針となる曲集だと思います。後にドビュッシーもこの曲集に影響を受けたと言われています。実に24の調性の特徴がそれぞれの曲に出ていると思います。とくにピタゴラス音律での曲は、大変美しい曲ではないでしょうか。

     リストの「超絶技巧練習曲」

 リストもフラット系12の長短調をすべて使った曲をかいています。(なぜか#系の曲はかかれませんでした。)超絶技巧練習曲といわれる曲でリストが自分の演奏テクニックの粋を集めてつくった曲集といわれていますが、リストの調性感がはっきり出ている曲集でもあると思います。

     整音について

 ピアノに音楽的表現力をつける作業を整音といいます。ピアノをひいてみて、なにかもこもこしたようなタッチのするピアノはないでしょうか。これはある意味で柔らかい音なのですが、曲をひいた場合、旋律を強調して響かすのがかなり困難になります。また逆にきんきんした音のかたいタッチのするピアノはないでしょうか。これはある意味で明るい音なのですが、曲をひいた場合、和音のビートの響きが強調されてしまい濁った響きになってしまいます。理想的には和音を柔らかく響かせ、しかも同時に旋律をのびのある音で強調して響かすことができれば、はりのある非常にきれいな響きになります。このピアノの響きつくる作業を整音といいます。例えば、地声でオペラは歌えません。オペラを歌うにはオペラの発声で歌うのです。ピアノもこれと同じで、オペラの発声にすれば音楽的表現力を豊かにすることができるのです。ただ、間違った整音をすると、かえって悪くなってしまい、もとに戻すのも難しいので注意が必要です。正しい整音をすれば、平均律で調律しても、かなり高い音楽性がえられます。また、きちんと整音されたピアノはタッチによる音色の変化が出やすくなるので、古典調律で調律した場合、調ごとの表情の変化が出しやすくなります。
 この整音という作業はピアノの性能を決定づける上で非常に大事な調整といえるでしょう。その方法はピアノの弦を打鍵するハンマーのフェルトのあるきまった部分を針でさし、音の発声をそろえるのです。海外の一流ピアノはこの作業に非常に多くの時間をかけているのです。また逆にどんなに良いピアノも間違った整音をすると、その楽器のもつべき良い音が出なくなります。日本のピアノは、今まで量産に重点をおいてきたためか、きちんと整音されたピアノは、ほとんどないといってもいいぐらいです。ですから、正しい整音をすれば良い音が出るピアノがたくさんあるのです。
 この整音という作業はある意味で古典調律と共通するものがあるかもしれません。古典調律というのは、いかに楽器全体から倍音を響かすかという調律ですが、整音というのは、いかに一つの弦から倍音を引き出すかという作業だからです。

 

 理論

 それでは調律にはどのようなものがあるのか理論的に述べてみたいと思います。

     平均律

 ドの音から上にソ、レ・・・と順々に上へ5度ずつとっていってみてください。[ドーソーレーラーミーシーファ#ード#ーソ#ーレ#ーラ#ーファード]最後にドの音に戻ります。(これを5度圏といいます) ここで、それぞれの5度の音程を純正にすると、最後のドの音が最初のドの音より高くなってしまい一致しません。そこで、それぞれの5度の音程を均等に少しずつせまくして最初と最後の音を一致させたものが平均律です。そのために、12の音がきちんと等分化されることになります。また、平均律の長3度は純正長3度よりもかなり高い(短3度は低い)ために、多くのビートをともないます。5度圏の図



     ピタゴラス音律

 それでは、平均律のそれぞれの5度を純正にした場合はどうでしょう。この場合、最初と最後のドを一致させるためにどこか一つの5度を犠牲にしなければなりません。ただ、この犠牲になった5度は極端にせまくなり、かなり多くのビートを発生させるので、聞くに耐えられない音程になってしまいます。(これをウルフといいます) そのために実用的な調が限られてしまいます。 一方、長3度は[ドーソーレーラーミ]の4つの5度の積み重ねでつくられますが、それぞれの5度音程が純正なので平均律のミの音より高い音になります。また、それぞれの音階上の音も純正5度を積み重ねたものですから平均律より高めの音になります。この全体的に高めの音程が旋律を非常にきれいに響かすのです。また、短調の短3度の場合は逆に[ドーファーシ、フラットーミ、フラット]と下に純正5度をとっていきます。その結果、平均律と比べてミ、フラットの音が低くなり非常にせまい短3度ができるのです。このため、たいへん暗い曲想になります。これがピタゴラス音律です。5度圏の図 
 ピタゴラス音律の周波数値とそれぞれの音の長3度と5度の毎秒のうなりの数を表示します。ピタゴラス セント値 周波数値 この表をみていただければ、いかにウルフの5度のうなりの数が多いことがわかると思います。純正5度を連続してとったしわ寄せがこのウルフの5度にいっきにくるのです。そして、純正に近い長3度が4つ出来ていることもおもしろいところです。この説明は次の純正律でします。
 (ちなみに、ピタゴラスのウルフを白鍵の例えばレーラにもってくれば、ショパンの多くの曲はピタゴラス音律で演奏出来ます。ショパンの曲は、フラットやシャープのつく黒鍵を使う曲が多いためです。しかも、純正律とも違う、ピタゴラス音律の透き通るような響きは、調号の多いショパンやリストの曲を、本当にきれいに響かせます。このことからも、明らかにショパンやリストはピタゴラス音律の特徴を生かして曲を書いたと思われます。)



     純正律

 ちなみに、さきほどのピタゴラス音律でウルフをはさんだ長3度はどのようになるでしょう。(たとえば、ドーソーレーラーミのレーラをウルフにする) レーラの音程がせまいので当然ミの音は低くなりますが、おもしろいことに、ほぼ純正な長3度ができあがるのです。ですから、レーラをウルフにすれば(正確にはピタゴラスのウルフよりほんの少しひろい)ハ長調において主要3和音の3度と5度がすべてが純正になり、きわめて和声的な音律ができるのです。これが純正律です。ただ音階上にウルフが入ってきますから、あまり実用的な音律とはいえません
 (5度圏という統一的な立場から純正律を説明しましたが、本来は主要3和音のドミソ、ファラド、ソシレをすべて純正にしたときにできる音律という言いかたの方わかりやすいと思います。その結果レーラがウルフになりますが、この純正律のウルフとピタゴラス音律のウルフがほぼ同じ音程というところに古典調律のキーポイントがあるのです。) 5度圏の図
 純正律のセント値と周波数値 長3度と5度の毎秒のうなり数
 純正律ですが、音楽界では、確かにある調ではきれいだが、別の調では濁った響きになり、使い物にならない音律というレッテルが貼られています。私自身、ウルフがある以上、そのように考えていましたが、お客様の要望で純正律にしたピアノを弾いてみて、あまりの響きの美しさに、自分が固定観念に取り付かれていた事を反省しました。(音律を変えた直後よりも、変えてからある程度弾きこんだピアノのほうが、確実にその変化は現れます。)確かにウルフはありますが、3度と一緒に弾くとあまり気にならなくなりますし、何よりも白鍵の完全純正部分の響きの豊かさは、衝撃ともいえるほどです。それは、かねてから描いていた「ピアノの音」のイメージをまさに再現する響きです。後に述べるバッハの平均律曲集の解説の前に音のサンプルで純正律のドミソがありますが、それを聴いていただければ、純正律の美しさが突出しているのが、解っていただけると思います。他にも純正ファラド、純正ソシレの音律で構成されたハ長調など白鍵を多く使う調の素晴らしさは想像を超えるものがあると思います。ただ、依然レーラのウルフは存在しますし、音階上の3度の音が純正になる事による旋律性の低下は、どうしても免れません。(最近、ある学校のピアノの調律に行った時のことです。時間を知れせるチャイムが純正律でした。正直、聞いていてかなり変な感じ。完全な絶対音感をもったような人には、気持ち悪くなるのではないかと思えるほどです。チャイムの時間が近つくにつれ、気持ちが憂鬱になるのではないでしょうか。純正律神話のような話しもよく聞きますが、このように、旋律だけ鳴らす場合、純正律は全く合いません。)ここに、旋律的な音程と和声的な音程は両立しない決定的なジレンマがあります。これを解決する方法として、キルンベルガーやヴェルクマイスターの音律が考案されましたが、いずれも響きにおいては純正律には勝らないでしょう。オーケストラの響きも再現出来る楽器としてピアノは「楽器の王様」と言われますが、一度、音を固定したら曲の途中で音程を変えられないピアノは、楽器としては「裸の王様」にもなりかねません。他にもピアノ自体の性能を高めて、響きを良くする方法もありますが、決して純正律の長所をカバーするには至らないでしょう。それくらい、純正律は、すべての音律や響きの基本に位置するものなのです。(キルンベルガーやヴェルクマイスターにおいて、レーラに狭い5度を置く事は重要でしょう。それは、作曲家はレーラにウルフがある純正律を意識して曲を作った可能性が高いからです。そして、そのウルフや旋律性の問題を解決する手段としてヴェルクマイスターなどのウェルテンペラメントの音律が考えられたと思いますが、常に純正律の意識はあったのではないかと思われます。この辺が、過去の作曲家が調律法に関して、特に決まった記録を残さなかった要因の一つではないでしょうか。)


   ミーントーン音律

 それでは、長3度を純正にした実用的な音律をつくりたい場合はどうすればよいでしょう。長3度は[ドーソーレーラーミ]と5度の積み重ねですから、それぞれの5度をせまくすれば純正長3度ができるのです。つまり、先ほどもかいたように純正長3度は[ドーソーレーラーミ]の中の1つの5度を純正律のウルフにすればつくれますから、このウルフをそれぞれの5度に分散させれば音階上のウルフも気にならなくなり、純正3度をつくることができるのです。このせまい5度はビートを生じますが、3度をつつみこむように響くので和音が非常にきれい響くのです。つまり、5度圏において、それぞれの5度をせまくすれば純正長3度をたくさんつくることができ、ミーントーン音律ができるのです。(実際この5度が人間の絶えうるぎりぎりのせまさと言えるでしょう。)しかし、この場合も5度圏のどこか一つの5度を犠牲にしなければなりません5度圏の図 
 ミーントーンで調律した時のそれぞれの音のセント値、周波数値と各音の長3度と5度の毎秒のうなりの数を表示します。ミーントーン セント値 周波数値 この表を見ていただければ特にGis−Esのウルフの5度と、それをはさんだ長3度のうなりの数の多さが目立ちます。
 ミーントーンの大きな特徴として、純正長3度がたくさん出来ることですが、その一方で純正5度よりかなり音程が高いウルフが大きな問題になります。特にこのウルフの5度を挟んだ長3度はピタゴラス長3度よりもさらに高い耐えられない長3度になってしまいます。この点ピタゴラスの場合はウルフを挟んだ長3度はほぼ純正になり長3度に関しては5度圏すべて使えるので、このウルフの5度さえ出てこなければなんとかなりますが、ミーントーンの場合はそうはいきません。このウルフの5度を挟んだ部分の和音はすべて使い物にならないのです。その解決策として多くのミーントーンを変形した調律が考案されました。その多くは白鍵部分はできるだけミーントーンのかたちを残し、黒鍵部分を改良したものが多くみうけられます。黒鍵にあるミーントーンのウルフは、ピタゴラス音律や純正律の「純正5度より狭い音程のウルフ」とは違い、「純正5度よりかなり広い音程のウルフ」になります。このミーントーンのウルフのため、それを含んだ長3度はかなり高い聴くに耐えられない長3度にるのです。このウルフや長3度を緩和するために、黒鍵のウルフを他のいくつかの黒鍵区間に分散させる方法がとられたのです。そのため純正5度より高い音程の5度が黒鍵区間に存在する場合もあるのですが、白鍵区間と黒鍵区間の長3度の大きな音程の差が、調性に大きなメリハリのある変化をつけることにもなるでしょう。5度圏の図 

 
 さて、これまで純正律、ピタゴラス音律、ミーントーン音律について述べましたが、いずれも問題になるのがウルフというしわ寄せの音程です。このウルフを回避するためにバッハや過去の音楽家はウェルテンペラメントという巧妙にこのウルフを回避する調律法を考案したのです。いきなり平均律になったのではありません。そして、このウェルテンペラメントの音律は、純正律やピタゴラス音律の特徴を残しつつ、12の調すべてを自由に使うという理想を実現したのです。


     キルンベルガー音律

 それでは、その5度圏をできるだけ純正度をたもちながら、ウルフをださずに閉じる方法はないでしょうか。ここで一つ有効な方法として、純正5度とせまい5度をくみあわせて5度圏をとじる方法です。[ド=ソ=レ=ラ=ミーシーファ#ード#ーソ#ーレ#ーラ#ーファード](=;せまい5度,ー;純正5度)(正確には純正5度のどれか1つをほんの少しせまくしなければならない) これでほぼ5度圏をとじることができます。つまり、先ほどのピタゴラス音律のウルフを4つの5度に分散させ純正3度を一つつくれば5度圏をほぼとじることができるのです。この分散させた狭い5度は、ミーントーン5度になります。つまり、キルンベルガー音律は、ピタゴラス音律とミーントーン音律を複合させた音律といえるでしょう。これで24の調性すべてが使えるようになります。そして、調性によって曲想が変化するという効果が得られます。これが、キルンベルガー音律です。この音律の特徴はド〜ミの長3度が純正になるなることです。そして、黒鍵がピタゴラス音律になります。5度圏の図 それぞれの音のセント値、周波数値、それぞれの音の長3度と5度の毎秒のうなりの数を表示します。キルンベルガー セント値 周波数値 この表ででポイントになる点は、Ges−Desの5度が平均律とほぼ同じ音程になることです。
 (今、説明した調律法は正確にはキルンベルガー第3番調律法ですが、第1番調律法、第2番調律法も一般に知られています。これらの調律法はウルフの5度を含んでいるために、あまり一般的とは言えませんが、純正長3度にこだわっていたキルンベルガーの理念がうかがい知れます。)
                                                      

     ヴェルクマイスター音律 

 ただ、ピアノで和音だけをひくことはほとんどなく必ず旋律がつきます。旋律的には純正長3度はあまりおもしろくありません。そこで次のような5度圏はどうでしょう。[ド=ソ=レ=ラーミーシ=ファ#ード#ーソ#ーレ#ーラ#ーファード]  これでド〜ミの3度が多少高くなり、ビートも少し出ますが旋律的に対応できるようになります。また、シ=ファ#をせまい5度にすることで、さらに多彩な色彩感を出す事が出来ます。これがヴェルクマイスター音律で実用度の高い音律です。実際多くの作曲家がこの音律で曲をかいたのではないでしょうか。特にバッハやショパンのプレリュードにおいて、シ=ファ#に狭い5度をおいた変ト長調やロ長調の曲想を考えると、その思いを強くせざるをえません。この5度圏にはいろいろな表情があります。まず、純正5度とせまい5度の組み合わせで、いろいろな3度ができます。つまり、長3度は4つの5度(短調は3つ)によって構成されますから、その中に純正5度をいくつ含むかによって3度音程の高さが変わってくるのです。さらに、その3度と純正5度とせまい5度のくみあわせで、いろいろな和音、音律ができます。5度圏の図
(今、説明した調律法は正確にはヴィルクマイスター第3番調律法ですが、他にも第4番調律法が一般に知られています。この4番は、純正5度とミーントーン5度が交互に現れるという形のため、あまり実用的とはいえませんが、平均的にこれらの5度を配置したのは、明らかに現代の平均律を意識しているように思えます。5度圏の図
 
 ヴェルクマイスター調律の方法 ヘルベルト・アントン・ケルナー著 郡司すみ訳 チェンバロの調律より

 ここで、このヴェルクマイスター調律法についてもう少し詳しく述べてみたいと思います。ヴィルクマイスター調律法の特徴をいくつかあげてみます。

  1. 形が非常にシンプル
  2. 24の調性すべてが実用的である
  3. 24の調性すべてに、自由に滑らかに転調出来る
  4. 純正5度と狭い5度が、最もそれぞれの調性に変化が出るように合理的に配置されている。そのため、色彩感が豊かである。
  5. 純正長3度は一つもないが、高めの長3度が旋律と和声を両立している。
 ヴェルクマイスター調律法はキルンベルガー調律法と比べられますが、両者の最大の違いは、キルンベルガー調律法は純正長3度が必ずあるのに対し、ヴェルクマイスター調律法には純正長3度は一つもない点だと思います。私は、ピアノをキルンベルガーに調律して曲を弾いてみましたが、純正長3度は和音を単独で弾くと、とても安定感があり美しいのですが、旋律や分散和音を弾くと、どうも物足りなさを感じます。この点には、後で紹介する平島達司先生も指摘しております。純正長3度を少し高くするだけで、音楽はスムーズに流れるようになります。また、最近「古楽の音律」という東川清一氏が編集された大変参考になる本を読ませていただきましたが、この中に非常に興味深い事が書かれています。バッハもすべての長3度は高めに調整されなければならない、と弟子のキルンベルガーに言っていたそうです。この事が事実だとすると、キルンベルガー調律法には必ず純正長3度が含まれますから、話が矛盾してしまいます。また、すべての長3度を高くする事イコール平均律にする事にはならないとも書かれています。しかし、このすべての長3度を高くするという考えが、バッハが平均律を採用したという話を生むきっかけの一つになったのも事実でしょう。(ヴェルクマイスター自信もオクターブ12音すべての半音の音程比を等しくする平均律への理想はあったようです。)もっともバッハは音律に関して文献を残していないので、他のさまざまな文献などを元にして推測するしかないのが現状です。しかし、バッハの24のプレリュードにおいても、ハ長調と変二長調の曲想が、半音主音が変わるだけであれだけ曲想が変わるのは、明かに音律による曲想の変化を考えてつくられたのではないでしょうか。当時不純だと思われていたピタゴラス長3度も、変ニ長調のプレリュードの曲想から考えて、この長3度の緊張感と明るさの特徴を意識してつくられた思われます。(そして、ヴィルクマイスター音律の短調のピタゴラス音律、ハ短調、変ホ短調、ヘ短調、変ロ短調の曲を聴いた時、これらの曲に共通する独特な暗さが、バッハが平均律曲集をヴェルクマイスター音律で曲を書いたと思われることが、ほぼ決定的になります。)また、ロマン派以降、このピタゴラス長3度は別の観点から見直されます。それは、ピアノの登場です。バッハの時代はチェンバロが主流だったのに対し、古典派の時代にピアノが登場し、さらにロマン派の時代には、ピアノが格段に進化して旋律を歌える楽器になったのです。この旋律を高らかに歌う音律として、ピタゴラス音律が選ばれたのです。ピタゴラス音律の特徴をを十二分に生かした曲としてショパンのOp27−2の変ニ長調のノクターンやリストのコンソレーション第3番があげられるでしょう。分散和音の伴奏の上を息の長いゆったりとした単旋律が永延と歌われます。また伴奏部分を分散和音にすることで、ピタゴラス和音のきつい響きを目立たなくさせることにもなるでしょう。さらに、ヴェルクマイスター調律法をバッハやショパンが採用したと思われる根拠の一つに、変ト長調(嬰へ長調)の際立った特徴があげられます。この調性はヴェルクマイスター調律法においてはピタゴラス音律で、さらに下属和音の5度が狭い5度のために、全体の音程が高くなり、独特の色彩感があります。(ただし、下属和音の5度が狭くなるため、音階上のミとファの導音の音程は多少広くなり、そのため完全な純正5度で構成されたピタゴラス音律よりは若干旋律性は薄まります。)使われる事は少ないのですが、この調の曲には、大変美しい曲が多いと思います。なかでも、有名な曲がリストの作曲した「エステ荘の噴水」でしょう。噴水の溢れ出すような水の柔らかい表情が、この高めの変ト長調の音程と、下属和音の狭い5度によって作り出される柔らかい表情にぴったりと合っていると思います。他にも、リストの「孤独の中の神の祝福」もこの調でかかれています。宗教的な高みに向かって行くこの曲想も、この変ト長調の音律でなければ、その良さは出しきれないと思います。また、ショパンのノクターンop15-2、即興曲2番、舟歌が嬰へ長調で書かれていて、同じ様な幻想的な響きをかもし出しているのも、この調の特徴を意識してつくられていると思われます。 その他、ショパンの作曲したエチュードop25-9「蝶々」もおもしろいと思います。何にもしばられない蝶々の自由な飛翔が、この音律の特徴ととても良く合ってきこえます。さらに、クラシックではありませんが、ポピュラーのマライアキャリーの歌った曲でバタフライ(蝶々)というバラードの曲も、この音律でピアノで演奏すれば、まさにぴったりの表情になるでしょう。確か、蝶の様に自由になって彼のもとに帰っていく、という詩の内容だったと思います。


ヴェルクマイスターで調律したときのそれぞれの音のセント値と周波数値、そして各音の長3度と5度の毎秒のうなりの数を表示します。ヴェルクマイスター セント値 周波数値 特に長3度のうなりの数を平均律と比較していただければ平均律との違いがはっきりわかると思います。ヴェルクマイスターにおいて純正に近いハ長調とヘ長調、そしてピタゴラス音律の変ニ長調、変ト長調、変イ長調の長3度と、平均律の長3度のうなりの数の大きな違いです。

 調律というのは基本的に、オクターブ12の音をいかにオクターブの中に収めるかという事です。しかし、全部を純正にすると必ずどこかにしわ寄せがきて、12の音をオクターブの中に収めることが出来ません。そこで、うまく収める一番妥協できる方法は、オクターブ12個の音の音程の平均値をとって収める方法です。これが、平均律です。一方、古典調律を使って収める方法もあります。つまり、高めの音程のピタゴラス音律と、低めの音程の純正律やミーントーン音律をオクターブの中で組み合わせて、収める方法です。これが、キルンベルガー音律やヴェルクマイスター音律です。
 本来、非常にバラエティーに富んでそれぞれ強い個性を持った古典調律は立派な音律なのですが、古典という言い方をされる事で、どうも古くて実用性がない音律と思われてしまいがちです。その意味では、この古典という表現が適切かどうかとも思ってしまいます。また、これらの音律でピアノを弾くと、その背景には、全く違う世界が展開するのです。
 (ただし、ピアノで音律を選ぶ場合、その実用性ということも考慮しなければなりません。キルンベルガーやヴェルクマイスター音律の場合、確かに純正的な音律もその中に含まれますが、それは、主和音に限った場合が多いので、純粋な純正律やミーントーン音律と比べると、その特徴は少なくなります。しかし、ウルフがないために、転調が自由に出来るという実用性があります。また、キルンベルガー音律には純正3度があるので、響きはヴェルクマスター音律より豊かになると思いますが、ピアノで旋律を響かすろいう実用性を考えるとヴェルクマイスター音律の高めの長3度は必要になります。
そして、音律を選ぶのは音楽を表現する手段であり、目的ではないということも考えなければなりません。)


 チャイムで音律の聴き比べ

 チャイムの音を色々な音律で演奏してみました。特にポイントはレ、ミの音と、最後に同時に鳴らす和音の響きです。純正律、ミーントーンではミの音が低いため、旋律で鳴らした時、少し間の抜けたような響きになりますが、ピタゴラスの場合はミの音が高いので、旋律が力強く自然に響きます。また、レの音ですが、純正律とピタゴラスでは高めなので、旋律的に自然な流れに感じますが、ミーントーンと平均律では低めなので少し違和感を感じます。(純正律のドレの音程と、ピタゴラスのドレの音程は同じです。)和音で演奏した時は、純正律は唸りがないので、一本の筋の通ったしっかりした響きになりますが、ピタゴラスは唸りが多く出るので、にぎやかな響きになります。尚、平均律ですが、レの音が低めのため、旋律を奏でた時は、なんとなく違和感を感じますし、ミの音は純正からはかけ離れていて高めなのですが、かといってピタゴラスほど高くないので、どことなく中途半端、あともう一歩、届きそうで届かないというストレスを絶えず感じざるをえない音律といえるでしょう。、このチャイムというシンプルな響きを聴き比べただけでも、というよりもシンプルなだけに、それぞれの音律の特徴の違いをわかりやすく感じ取っていただけると思います。そして、いかに純正律が和声的で、ピタゴラスが旋律的であるか、わかっていただけると思います。
純正律 ミーントーン ピタゴラス 平均律

月の光で音律の聴き比べ

 それでは、平均律で調律した時と、古典調律で調律した時のドビュッシーの月の光の響きの違いを聴いてみてください。古典調律はヴェルクマイスターですが、この月の光の変ニ長調はピタゴラス音律になっているので、より透明感が出て、旋律も浮き上がってくるような響きになっています。平均律だけ聴いていれば、慣れて違和感を感じませんが、古典調律と聴き比べると、平均律の月の光は何かこもったようないま一つ抜けきらないような響きに感じないでしょうか。
平均律の月の光 古典調律の月の光

バッハのプレリュード1番で音律の聴き比べ

 バッハのクラヴィーア曲集の1番のプレリュードを平均律で弾いた時と、古典調律で弾いた時の違いを聴いてみてください。古典調律はヴェルクマイスターですが、このプレリュードのハ長調はミーントーン音律に近い音律です。こちらも、平均律だけ聴いていれば、特に違和感を感じませんが、古典調律と比べると、古典調律の透き通った響きが一段と際立って聴こえます。
平均律のプレリュード1番 古典調律のプレリュード1番


 ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ・ド

 では非常に究極的な質問かもしれませんが、なぜ音階が出来たのでしょう?それは単純に人間がド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ・ドを心地よいと感じるからではないでしょうか。その音階をつくるアプローチには二つあります。一つはピタゴラス音階で純正5度を積み上げていく方法です。もう一つは純正律で純正5度と純正3度をつくる方法です。アプローチの仕方は全く違い、それぞれの音の高さも微妙に違うのですが、誰が聴いてもド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ・ドという音階になります。(ただし、昔のヴァイオリンなどの楽譜には、この微妙な音程の違いさえも指示する記譜があったそうです。)つまり、平均律も古典調律も人間の根底に、これが心地よいと感じる心理がある事が基準になっていると思います。では、どれだけ個々の音程がずれると音階として聴こえなくなってくるのかは確かめる余地はあるかもしれませんが、少なくともピタゴラス音律や純正律の範囲ではきちんと音階として聴こえます。(現代音楽では、半音のさらに半音の微分音という音を使った音楽もあるようです。)ただし、ウルフは別で、これは全く人間の感覚として不快に感じます。ですから、このウルフをいかに回避するかということに、昔から試行錯誤してきたのです。次に24の調性感を私なりに述べてみますが、ヴェルクマイスターもキルンベルガーも古典調律の中では平均律に近く、最も慣れ親しんだ音階に近いこともあり、それぞれの音程の微妙な違いを感じる事はわかりにくいかもしれません。私自身、調律を勉強し始めた頃は、音程の唸りを感じるのにかなり苦労した経験があります。でも、曲を弾いていくうちにその違いをハタと感じる瞬間があると思います。もしかすると、昔の音楽家は絵を見るようにその違いを感じていたのかもしれません。


 バッハの平均律クラヴィア曲集

 それでは、ヴェルクマイスター調律法で調律した場合、バッハの平均律クラヴィア曲集のそれぞれの曲はどのような特徴になるか解説してみたいと思います。(私は恐れ多くもすべての曲を弾けるなどとは決して言えませんが、調性的な立場からのアプローチは殆どない事を思い、対位法などの知識ではなく、調性感という別の立場からこのピアノ音楽のバイブルともいう曲集を解説させていただきたいと思います。)

 (最近リヒテルのバッハの平均律クラビィア曲集のCDを聴きましたが、どうも古典調律のようです。バッハを古典調律で弾く数少ない演奏だと思います。他にも、チェンバロの平均律クラヴィア曲集の演奏では、ワンダコフスカの演奏がおそらく古典調律でしょう。)

 (特に、ハ長調の3つの音律のサンプルを聴いていただければ、その違いははっきり感じていただけると思います。そして普段平均律のにぎやかな響きに慣れているということは、純正の静粛な響きを体験することが極めて少ないことを実感していただけると思います。そして、すぐ下の変二長調のピタゴラスの和音は、かなり唸りを出しているので、にぎやかな感じに聞こえると思います。)
 
  • ハ長調  主和音サンプル  主和音のサンプル、ミーントーン 主和音のサンプル、純正律
      ミーントーン音律に近い音律が天使のようなこの音楽の響きを引き立てています。
  • ハ短調  
      恐れが迫ってくるような感じを思わせる曲想ですが、まさに暗さの際立つハ短調のピタゴラス音律のためにかかれた曲でしょう。
  • 変ニ長調  主和音のサンプル   
      ハ長調とは一変して一気に緊張感のある明るい調になります。この曲の細かいパッセージもピタゴラス長調の緊張感のある長3度の特徴を生かしたものでしょう。
  • 変ニ短調  主和音のサンプル
      ピタゴラス短3度ほどではないが低めの短3度によってつくり出される表情は哀愁のような情感を感じさせます。
  • ニ長調  主和音のサンプル
      祭典的な調と言われますが、少し高めの調3度がこの曲のようなにぎやかな表情をつくっているのでしょう。
  • ニ短調  主和音のサンプル
      主和音の狭い5度が包み込むような柔らかさを表現しています。
  • 変ホ長調  主和音のサンプル 
      ピタゴラス音律ほどではないが高め長3度と純正5度によってつくりだされる明るい表情はハ長調とはまた違う天使の響きを感じさせます。   
  • 変ホ短調  主和音のサンプル
      短調のピタゴラス音律です。曲想も非常にクールで暗く、明らかにピタゴラス短調の低めの短3度の響きの効果を生かした曲だと思われます。
  • ホ長調  主和音のサンプル
      高めの音程で軽やかな旋律の中にも、属和音のせまい5度のために響きが柔らかくなり、どっぷり響きに浸かっている心地よさを感じさせます
  • ホ短調  主和音のサンプル
      音程はニ短調と似ていますが、主和音の5度が純正のため、透き通るようなクールな響きになっています。また純正に近い和音で構成されている調なので、響きも柔らかくなっています。
  • ヘ長調   主和音のサンプル  
      純正に近い響きの調で、淡々とさっぱりとした曲想になっています。
  • ヘ短調  主和音のサンプル
      ピタゴラス短調ですが、属和音がCという落ち着いた和音になるため、非常にクールな響きの中にもどっしりとした安定感を感じさせます。
  • 嬰へ長調   主和音のサンプル
      ピタゴラス長調ですが同じピタゴラス長調の変ニ長調よりも音程が高めで下属和音の5度も狭いので、響きも柔らかく天上にいるような雰囲気をかもし出しています。
  • 嬰へ短調 
      変ニ短調と似ている調性ですので、曲想も似たような感じになっています。
  • ト長調  主和音のサンプル
      少し高めの長3度と狭い5度で構成されているため、にぎやかな響きになっています。
  • ト短調
      下属和音のピタゴラス短調の和音がさらに一層の物悲しさを感じさせます
  • 変イ長調  主和音のサンプル   
      長調のピタゴラス音律ですが、ピタゴラス長3度の和音の緊張感ある響きが生かされています。
  • 変イ短調
  • イ長調  
      高めの音程で、緊張感ある響きの中にも狭い5度の柔らかい響きが含まれています。
  • イ短調
      純正に近い短調で、響きにもどっしりとした安定感があります。特にフーガにおいて、安定した重い響きの中を延々と旋律が突き進む力強さを感じさせます。
  • 変ロ長調  
      少し高めの長3度と純正5度を多く含む調性のため、どっしりと安定した響きになっています。よく使われる調性ですが、平均律との違いをはっきり感じ取り易い調性だと思います。
  • 変ロ短調
      短調のピタゴラス音律です。同じ短調のピタゴラス音律の変ホ短調と曲想がにているのもバッハがヴェルクマイスターの音律を使ってこの曲を書いている事を証明していると思います。
  • ロ長調  
      全体として高めの音程の中でも、主和音の5度が狭い5度なので、響きが柔らかくなり、優しい響きになっています。
  • ロ短調
      主和音の狭い5度が低めのロ短調の調にさらにまた独特のチェロのような色彩感をかもし出しています。   



 ショパンの24のプレリュード

  それでは、ヴェルクマイスター調律法で調律した場合、それぞれの調性ごとの特徴を 「ショパンの24のプレリュード」で説明してみましょう。このショパンの24のプレリュードは、同じく24の調性すべてを使用したバッハの平均律クラビィーア曲集と比較して、曲の配置の仕方が違っています。バッハはそれぞれの曲を半音階ずつ上げていったのに対し、ショパンは5度ずつ上げていきました。そのため、ショパンのプレリュードの方が長調、短調それぞれ曲集が進むにしたがいシャープやフラットが一つずつ増える、または減っていくので、曲想が少しずつ変化していくという自然な流れといえるでしょう

  • 第1番ハ長調
     ミーントーン音律に近い音律です。和音が一番きれいにやわらかく響きます。この曲の全体に霞みのかかったような柔らかい表情は、まさにこの音律の特徴を出したものでしょう。
  • 第2番イ短調   
     短調の中では一番純正度の高い音律です。主和音の5度は純正で3度もほぼ純正なので、それほど暗さもなく和声的にも安定しています。
  • 第3番ト長調   
     主和音の3度が少し高いのでハ長調より少し明るい表情になります。また主要3和音の5度がすべてせまい5度なので和声的な安定感よりも平均律的な発散する広がりのある響きになります。この曲の流れるような曲想もこの調の特徴でしょう。
  • 第4番ホ短調   
     主和音の短3度がイ短調より少し低くなるので、少し暗い表情になります。また、絶えず左手が和音をたんたんと刻んでいるのも、比較的音程が高めの調のため、ピタゴラス3度のようなきつい響きではなく、純正に近い柔らかい響きの3度が曲想に生かされていると思われます。
  • 第5番ニ長調
     ト長調より音程が少し高く主要3和音の中に純正5度が含まれるので、明るく安定感の少しある曲になります。
  • 第6番ロ短調  
     短3度がホ短調よりさらに低くなり主和音の5度もせまい5度なので、かなり暗い曲想になります。
    また、主和音におけるせまい5度が、バッハのロ短調のプレリュードの曲想のようなチェロのような響きをかもし出しています。
  • 第7番イ長調
     シャープ系の長調の中では一番音程が高めです。また、主要3和音の中にせまい5度が含まれるので、和声的な落ち着きの中に旋律がうかびあがるような曲想になります。(この曲は大変短い曲で、他にもショパンはシャープ系の調で、あまり曲を書いていませんが、シューベルトはこのイ長調で、ソナタの長い名曲を書いています。この調は主和音の長3度が高く、また主要3和音のなかに狭い5度が含まれるので、明るくて暖かい性格の響きになっています。シューベルトの春を思わせるようなソナタは、まさにこの調の性格にあっています。)
  • 第8番嬰ヘ短調
     主和音の短3度はかなり低いのですが、5度が純正のため緊張感のあるショパンらしい哀愁を感じさせる響きになっています。   
  • 第9番ホ長調
     イ長調に似ていますが,音程が少し低いので緊張感のある和声的な響きの濃い曲想になっています。また、途中、純正に近いハ長調、ピタゴラス音律の変イ長調に転調するのもおもしろいところです。
  • 第10番嬰ハ短調
     嬰ヘ短調と似ていますが、主要3和音の5度がすべて純正なのでさらに緊張感が増します。  
  • 第11番ロ長調
     全体的に音程は高めですが、主和音の5度がせまい5度なので、旋律的でありながら柔らかい曲想になります。 
  • 第12番嬰ト短調
     嬰ハ短調より音程が少し低くなり、ピタゴラス短調を暗示するかのような暗い曲です。
  • 第13番嬰へ長調
     長調の中で最も音程の高いピタゴラス音律です。この曲の天上にいるような美しい曲想は、まさにこの高揚する音律の特徴を生かしたものだと思います。
  • 第14番変ホ短調
     これは短調のピタゴラス音律です。短調のピタゴラス音律は主和音の短3度が非常に低くなるので大変暗い曲想になります。この曲も前の短調とくらべてさらに暗くなっています。
  • 第15番変ニ長調
     有名な「雨だれのプレリュード」ですが、ピタゴラス音律で弾くと、旋律がうかびあがるようにきれいに響きます。
  • 第16番変ロ短調
     まさに短調のピタゴラス音律です。この曲の絶望的な表情もこの音律の特徴です。
  • 第17番変イ長調
     ピタゴラス音律ですが、主要3和音の中にEフラットの落ち着いた和音が入るのでピタゴラス音律の中でも比較的落ち着いた表情になります。この曲も安定した和音進行の上に高揚した旋律がのる曲想になっています。 
  • 第18番へ短調
     短調のピタゴラス音律ですが,主要3和音の中にCの和音が入るので落ち着いた表情になります。 
  • 第19番変ホ長調
     非常に明るい曲ですが、主和音の長3度が低くなりピタゴラス長3度の緊張感から開放されたため響きが柔らかくなっています。
  • 第20番ハ短調
     ピタゴラス音律の短調の中でも主和音の5度がせまいのでさらに暗い表情になります。また、このせまい5度が和声的な力強い響きをもたらします。
    この調はすべての調の中で、一番音程が低めです。それゆえ、変ト長調が天上の響きだとすれば、ハ短調は地の底からの響きだとも言えると思います。
  • 第21番変ロ長調
     変ホ長調よりさらに主和音の長3度が低くなるので非常に落ち着いた曲想になります。   
  • 第22番ト短調 
     主和音の5度がすべてせまい5度なので、ずっしりとした重い響きの曲想になります。
  • 第23番ヘ長調 
     ビートの一番少ない純正度の高い調なので、その曲想も非常にのどかで牧歌的です。  
  • 第24番ニ短調 
     短調の中では音程は高めで、3度は純正に近い柔らかい響きですが、主和音のせまい5度が力強い表情をかもし出します。左手で弾かれる柔らかくて重い和音の響きの中を右手の旋律がぐいぐい推し進むような力強さのある曲です。  
 このショパンの24のプレリュードを古典調律で24曲弾く事は、さまざまな音律を背景に、さまざまな音響世界を巡る旅であり、そこからはふところの深い立体的な音空間を感じ取る事が出来るはずです。それは、まさに閉じた宇宙観を感じさせるもので、ショパンの音律を背景にしたピアノ音楽の深い理解を再認識させるものであり、しいてはピアノ音楽の基盤に位置するといってもいいくらいに、音楽史の歴史において、この曲集の占める意義は大きいものだと思います。


 リストの超絶技巧練習曲

 では次にリストの超絶技巧練習曲を調性的な立場から分析したいと思います。ショパンが24のプレリュードをハ長調から5度圏を右回りに進んだのに対し、リストは左回りに進みました。そしてフラット系の曲12曲で終わりましたが、それぞれの曲はショパンのプレリュードより壮大です。
  • 第1番ハ長調
     バッハのプレリュード、ショパンのエチュードの1番と同じように分散和音で構成されています。
  • 第2番イ短調
     純正に近い和音で構成された音律の上にかかれているため、その曲想もしっかりとした安定感があります。
  • 第3番ヘ長調
     純正に近い和音で構成された長調の音律の上にかかれた曲です。その曲想も非常に落ち着いて、透明感があります。
  • 第4番ニ短調
     主和音の5度は狭い5度ですが、全体的に高めの音律のため、暗さの中から旋律が力強く浮かび上がるような曲です。
  • 第5番変ロ長調
     へ長調に比べ3度が少し高くなったため、透明感のある表情に軽やかさが加わった曲想になっています。
  • 第6番ト短調
     純正の短調とピタゴラスの短調の中間にある調で、純正の安定感とピタゴラスのクールな感じを併せ持った曲です。
  • 第7番変ホ長調
     英雄という名前がつけられています。純正な長調とピタゴラスの長調の中間にある調で、しかも純正5度で構成されているため、中立的でしっかりとした安定感を感じます。
  • 第8番ハ短調
     短調のピタゴラス音律です。主和音の5度も狭いため、暗さと、どっしりとした安定感のある曲想になっています。
  • 第9番変イ長調
     長調のピタゴラス音律です。旋律をきれいに響かす音律です。同じ変イ長調の「愛の夢」に曲想が似ているのも、この音律の特徴を生かしたためでしょう。
  • 第10番ヘ短調
     短調のピタゴラス音律ですが、主和音の5度が純正のため、曲想もハ短調よりクールな透明感のようなものを感じます。
  • 第11番変ニ長調
     長調のピタゴラス音律ですが、9番とは違い和声的です。曲の前半はピタゴラス和音を背景に、大変明るく緊張感のある和音進行が続きます。そして後半、天にも昇って行くような堂々とした曲想は、まさにピタゴラス和音の特徴を最大限に生かした和声的なピタゴラス音律の曲の傑作と呼べるのではないでしょうか。(コンソレーションの第4番も変ニ長調で書かれていて和声的です。超絶技巧練習曲11番は「夕べの調べ」というタイトルがつけられていますが、コンソレーション第4番も同じ様に夕日を感じさせる曲想です。リストはこの調の持つ独特な調性感を生かして曲を書いたと思われます。)
  • 第12番変ロ短調
     短調のピタゴラス音律で、しかも主要3和音の5度がすべて純正5度のため、「雪かき」というタイトルがつけられている非常にクールで、寒々としたこの曲の曲想を盛り上げています。


 ピアノといえばショパンとリストといえるくらい偉大な人物で、私のような者がどうこう言うのはあまりにも恐れ多い事なのですが、調性感のすばらしさについては殆ど語られないのは残念な事です。ピアノの詩人、ピアノの魔術師など称える言葉は数多く存在しますが、調性感のすばらしさは調律師の私もまだまだ学ばなければならない事が多くあると思えるほど、調律に関しても深い音空間、宇宙観を感じるのです。当時の調律の状況は今ひとつ不明な事が多いとも言われて、調律師という仕事もあったかどうかということすら定かではないとも聞いたことがあります。今、クラシック音楽は不毛の時代とも言われ、中々先が見えない状況のような気もしますが、未来を見据えるには、過去の見過ごした部分も再認識する必要があるように思えます。それは、調律で、さらに言うと、調律の核になる部分、割り振りの理解です。勿論ピアノを弾くテクニックは一番重要で、一番難しく、一番時間がかかる事ですが、ショパンやリストはすばらしい調性感があったからこそ多くのすばらしい曲が生まれたような気もします。バッハによって構築された調性感は、ショパンやリストで花開き、さらにドビュッシーで洗練されます。私のテクニックでは、ドビュッシーの難曲はあまり弾けませんが、へたなりにも「月の光」などの曲を古典調律で弾くと、あまりの響きの美しさに息も呑むほどです。



 平均律について

 それでは、現在最も一般的に用いられている音律、平均律について述べてみたいと思います。


     バッハと平均律


 バッハが24の調性全部が使える平均律を発明したというのは誤訳のようです。(前述のバッハの(平均律)クラビィーア曲集に( )をつけた理由もこのためです。) 正確にはバッハが24の調性全部が使えるようヴィルクマイスター調律法を採用して曲をかいた、というべきです

     モーツァルトのピアノソナタ

 モーツァルトのピアノ曲にフラットの多いピタゴラス長調が出て来る曲は殆どありません。しかし、それぞれの曲には調性による表情の違いがあり、特にヘ長調の牧歌的な響きやイ短調の安定した響き、また変ホ長調の透明感のある響きなどを考えると、モーツァルトもヴェルクマイスター調律法で曲をかいたと思われます。また、多くが調号の少ない純正に近い調でかかれているため、おそらくモーツァルトのピアノ曲が、平均律との違いが1番はっきりでると思います。
 モーツァルトはミーントーンを音律を使ったと書かれた文献も多いのですが、確かに柔らかい響きを必要とするモーツァルトのピアノ曲は、ミーントーンの柔らかい響きの音律が合うかもしれません。しかし、モーツァルトの曲の調性はシャープやフラットの少ない白鍵を多く使う曲が多いとはいえ、転調も含めれば、ほぼ5度圏すべてのエリアを使っています。となると、この5度圏のなかにウルフの5度が入る余地はないのです。さもないとハ長調や変ホ長調のソナタを弾いた後にトルコ行進曲を調律を変えなければ弾けないという事態にもなってしまうのです。おそらくモーツァルトはピタゴラス長3度をきらったのでしょう。その根拠としてピアノ曲に、ヴェルクマイスター音律においてピタゴラス音律の変イ長調、変ニ長調、変ト長調の曲が一つもないことです。(ただ一時的にソナタの展開部において変イ長調に転調する部分はあります。)またロ長調のピアノ曲も、ソナタにおいては提示部の第2主題が属調のピタゴラス音律の嬰へ長調に転調するためにありません。このことは、モーツァルトがヴェルクマイスターかそれに近い音律を使用していた根拠になるのではないでしょうか。
 モーツァルトが純正的な音律を好んだのは明らかでしょう。それゆえにモーツアルトのピアノ曲の多くが調号の少ない調で書かれていることもヴェルクマイスターのようなウエルテンペラメントで曲を書いた根拠になるでしょう。ヴェルクマイスターにおいて調号の少ない調はミーントーンや純正律に近付くからです。しかし、その中でもハ長調とヘ長調の特徴の違いははっきり曲に現れていますし、変ホ長調のような比較的調号の多い調の特徴も十分に生かして曲を書いていると思われます。これがミーントーンならばこれらの調の特徴の違いはヴェルクマイスターのようにははっきり出ません。(特にピアノ曲において、シャープ系、フラット系の曲想の変化ははっきり感じられます。ニ長調は祭典的なにぎやかな曲想、ト長調は春のようにうきうきするような曲想など、シャープ系は躍動感のある雰囲気のある曲が多いのに対し、変ホ長調や変ロ長調は丸みのある柔らかい響きで、フラット系は透明感のある落ち着いた雰囲気のある曲が多いのも、ウェルテンペラメントの調律を考えて曲を書いていると思われます。)


     平均律とミーントーン音律

 平均律と純正律は対極の音律とよくみられますが、平均律と一番特徴が違う音律はミーントーン音律でしょう。(さらに詳しく言えば、ピタゴラス音律とミーントーン音律が対極の音律です。)平均律は純正に近い5度と、高めの長3度で構成されるため、緊張感がありますが、純正律も純正5度で構成されるため、緊張感をもたらします。それに、比べて、ミーントーン音律は狭い5度と純正3度で構成されるので、緊張感が極めて少なく、それが肩の力が抜けるような安心感を覚えます。ヴェルクマイスター音律やキルンベルガー音律においては、ハ長調の白鍵において構成されるため、白鍵のフラットなイメージと合っています。また、ヴェルクマイスター音律においては、ハ長調の長3度も少し高めになっているので、旋律にも対応出来、ベートーベンのワルトシュタインソナタの第3楽章などを弾いてみると(完全には弾けませんが)、普段平均律に馴れていると、その素晴らしさに驚かされます。それは、まるで天使の響きのようで、安らぎのようなものを感じます。 


     ピタゴラス音律
 
 ミーントーン音律について述べたので、その対極の音律、ピタゴラス音律について述べてみたいと思います。ピタゴラス音律は平均律に近い音律といえるでしょう。それは、どちらも高めの長3度で構成されているため、旋律的になるからです。しかし、ピタゴラス音律は、完全な純正5度で構成されたいるため、輪郭がはっきりし、さらに高めの長3度とせまい導音の影響で、高い旋律性を発揮します。(また、短調のピタゴラス音律の場合も純正5度で構成されているために旋律性が高まりますが、短3度は平均律の短3度よりもさらに低くなるので、幻想的な響きがより強くなります。ショパンの1番のノクターンは、ピタゴラス短調の特徴がよく出ていると思います。)私は、ヴェルクマイスター音律に調律したピアノを弾いていて、このピタゴラス音律の調にさしかかった瞬間、なんともいえない感覚になります。手が鍵盤から浮くような感覚です。手が、鍵盤に埋もれるように感じるミーントーンの感覚とは逆で、ピタゴラス音律の高めの音程がタッチ感にも影響を与えているのでしょう。しかも、ピタゴラス音律は、ヴェルクマイスター音律では、手の位置が高くなる黒鍵が多く使われる調に配置されているため、理にかなっています。(ピアノの響きとタッチは密接な関係があります。詳しくは、整音のページで説明します。)しかし、平均律では経験しないこのタッチ感が、平均律に馴れた方にとっては、違和感をどうしても感じてしまうかもしれません。でも、平均律では決して味わう事が出来なかった、狭い導音から生じる次から次へ進むような躍動する旋律性、高めの長3度から生じる輝かしい響き、などピタゴラス音律独特の響きを味わう事は、調性音楽の素晴らしさを再認識する事になると思います。(私は調律学校で調律を勉強を始めた頃は、半年間、音の採り方が平均律と同じピタゴラス音律で割り振りの勉強をしていましたが、今から思うと、ある意味で、純正な音律に浸っていたあの頃が、一番至福な時だったのかもしれません。しかも、ピタゴラスと純正律のウルフがほぼ同じことをを考えれば、無意識のうちに純正律も出来ていたのですから。)


     導音について

 ピタゴラス音律の項で導音について話しましたので、ここでもう少し詳しく述べてみたいと思います。音階上のミとファ、シとド、つまり音階の半音の部分が導音の関係にあたります。実はこの部分に音律のすべてのツボがあるといってもいいのです。主和音のドとミの長3度、属和音のソとシの長3度の音程が純正に近ずけば、和音はきれいに響くようになりますが、ミとファ、シとドの音程は広くなり、導音の性格は薄くなり、旋律性が弱まります。逆にドとミ、ソとシの長3度の音程が広くなると、ミとファ、シとドの音程は狭くなり、導音の性格が強くなり、旋律性が増します。このように、長3度と導音の関係は裏表であり、5度と4度のような関係にあります。そして、これこそが、音律の和声的と旋律的の性格を決定するポイントととなるのです。平均律の導音は、どちらかというとピタゴラス音律の導音の関係に近く、そのため和声的よりは旋律的な性格が強い音律になります。

 

     平均律の発明

 それでは平均律はいつごろ発明されたのでしょうか。それは19世紀中頃のようです。これはショパンやリストが活躍した後です。産業革命と同時に数学などの発達とともに発明された極めて科学的で利便的な音律と言えるでしょう。

     平均律の特徴


 平均律の特徴は、科学的にそれぞれの音がきちんと等分化されているために、同じ音程ならば、どこの音程もすべて等しくなります。つまり、どの和音も旋律も調性も同じように平均的に響くのです。このために、ヴェルクマイスター音律のように調性による表情の変化は決して出ないのですが、どの音楽にも平均的に対応することができるという利便性はあります。この利便性が現在最もこの音律が普及している理由だと思います。また、平均律の長3度は高めで旋律的になるので、どの調でも、またどの曲を聴いても旋律が同じように浮き出るように響いているのも、平均律の特徴でしょう。

     平均律と現代曲


 それでは平均律に最も合う音楽とはどのようなものでしょうか。それは調性をもたない現代曲と言えるでしょう。このような無調の曲は、どこの音程もかたよりをもたず平均的に響く平均律がちょうど合うのです。
 バッハの時代、現代の複雑なコードはタブーでした。それが、時代とともにコードが複雑化し調性があいまいになっていきます。そして、現代は調性がなくなり、どんなコードも許される時代になっています。調律もこのような時代背景とともに変わってきたといえないでしょうか。

     ポピュラー音楽と平均律

 ポピュラー音楽とクラシック音楽の決定的な違いは、ポピュラー音楽は調性があるが複雑なコードがたくさんでてくることです。では、ポピュラー音楽にはどんな音律があうのでしょうか。コードの多様性という点からは平均律があうように思われますが、調性がしっかりありますから古典調律の方がきれいに響くと思います。ただ、ほとんどのポピュラー曲は声域などの観点から調を決定していると思いますから、古典調律で演奏する場合は、その曲にあった調に移調する必要があります。(または、その曲にあう調律に変える。一部の電子ピアノでは、それが簡単に出来る。) 実際、移調してみて、前よりよくなる曲もけっこう多いのです。(マライアキャリー・ヒーロー 変ホ長調   マライアキャリー・バタフライ 変ト長調  etc)

     セントの概念

 平均律の半音を百等分してそれぞれの音律を周波数ではなく整数で表すことができます。つまり平均律の半音の百分の一の音程比を1セントとし、それぞれの音程を何セントと表すことで、それが平均律とどれだけずれているか非常にわかりやすくなり、あたかも平均律を音律のものさしのようにして、それぞれの音律が客観的に比較しやすくなったのです。ただし、これは1885年にA・J・エリスによって考案されたもので、当然バッハやショパンの時代には使われてなかったことになります。
 平均律には、12平均律の他にも、18平均律、53平均律、130平均律などとオクターブを細分化して、いくつか種類があるようです。この事を考えると、半音を100等分するセントの概念も、オクターブを1200等分する1200平均律といえるかもしれません。このように考えれば、ある意味では、オクターブ12平均律という枠を越えて、かなり自由な発想が出来るのではないでしょうか。しかし、どんなにオクターブを細分化しようとも、オクターブ以外の協和する音程は無理数でしか表す事が出来ません。(よくよく考えるとこれは当然な事かもしれません。自然の摂理を人間が考えた10進方の考え方に押し込む事自体に無理があるのです。)この事は、協和する音程を平均律の概念で考える事には、どうしても無理があると考えざるをえません。しかし、音程比を分数で表す場合の計算は、掛け算や割り算でしなければならないのに対し、セントでは足し算や引き算で出来るという、やり易さがあります。ですから、それぞれの長所を踏まえて、多角的にみていけば良いのではないでしょうか。(このオクターブを細分化するセントの概念は、どうも現代のデジタル的な概念と似ている気がします。)さらに、もう一つ音律の計算をする上で忘れてはならないのが、5度圏の図でしょう。この5度圏の図が、私は一番直感的にわかり易いと思います。分数やセントは数字で表現するのに対し、5度圏の図は視覚的に表現するので、イメージが掴み易いのです。5度圏においては、すべての音程は5度の積み重ねですので、一見解りにくい純正律における大全音や小全音や、ピタゴラス音律における導音の概念も、5度圏の図をみればすぐに理解出来ると思います。

 セントの計算式 1200:Y=log2:logX (1)
            音程比Xの時のセント値Y
 Xに音程比を入れれば、そのセント値Yが(1)式よりすぐに導き出されます。
これは掛け算や割り算が足し算や引き算に変わる対数の性質を利用した非常にシンプルな公式で す。まさに数学の対数という協力な道具によって導き出せる概念でしょう。これにより、さまざまな音 程のセント値を先に出して、それを足し算や引き算でパズルのように組み合わせれば目的の音程のセント値もすぐにわかり、そのセント値から今度は音程比を導き出して目的の音の周波数がわかれば、異なる音の間に生じる唸りの値も正確に導き出せるのです。

 

     ピアノの発達

 ピアノの発達と平均律の使用も無関係ではないでしょう。19世紀後半、ピアノは格段に進歩し音量、響きを増すようになりました。これはスタインウェイの功績が大きいでしょう。このため平均律で調律しても音楽的にかなり高い表現が可能になったのです。また、実用性から考えて、どうしても完全な純正の音律をピアノでは使えない分、ピアノ本体の方でそれを出来るだけカバーするようなピアノが良いピアノといえるかもしれません。つまり、いかに余計な倍音を抑えて、重要な倍音をより強調して出すことが出来るか、というのが良いピアノの条件の一つになるのです。これは次のページで紹介する整音にも当てはまります


    調律曲線とユニゾン調律

 平均律でピアノを調律すると、どうしても高音部が低めに聞こえてしまうため、高音部を多少高めに調律します。これを平均律独自の調律曲線といいます。しかし、純正の範囲内で合わせようとしても、どうしても物足りなさを感じるため、高めにしようとすると今度はオクターブが犠牲になってしまい、決して古典調律で合わせたようにな、美しさや輝かしさは得られないでしょう。それから、ピアノの中音より高い音は、一つの音に対して、3本の弦で鳴らしているので、この3本の弦が同じ高さに揃っていなければクリヤーな音にはなりません。しかし、機械のようにきっちり合わせてしまうと、特に平均律で合わせた場合、各音がそれぞれ協和しにくい状態になってしまうため、響きがつまらなくなってしまいます。多少狂った音の方がピアノが響くのもこのためです。調律も整調も多少の遊びがあった方が良い響きになり、また逆の言い方をすれば、良い響きになるようにする事がピアノの調整の目的であるといえるでしょう。これは、理論ではなかなか説明出来ないもので、調律師の感性に頼る面が大きいと思います。そして、古典調律や整音がピアノの響きを創る上で、非常にに大きなプラスアルファの力になるのです。

    ヴァロッティ・ヤング調律法

 この調律法は5度圏の12の5度のうち、純正5度とせまい5度を半分の6個ずつおいたものです。古典調律とよばれる調律法のなかでは一番平均律に近い調律法かもしれません。ただ、やはり響き的には古典調律の響きです。でしたら、平均律でつくった5度を若干ずらして、つまり黒鍵の5度をできるだけ純正に近ずけ、白鍵の5度をせばめにして「古典調律に近い平均律」もできると思います。(実際、チューナーによって、きちんと等分化された平均律のピアノは、何のおもしろみもないピアノになってしまいます。) 5度圏の図 ヴァロッティ・ヤング セント値 周波数値 毎秒長3度のうなり数



    ヴェルクマイスター調律法 平島による修正案

 ヴァロッティ・ヤングによる調律法は大変実用的な音律ですが、もう一つヴァロッティとは違った意味で実用的な音律があります。古典調律の価値を日本で広められた第一人者、平島達司先生が考案された音律で、ヴァロッティの調律が平均律に若干響きが近付いたのに対し、平島修正案はミーントーンに若干響きが近付いた音律といえるでしょう。ヴェルクマイスター音律は純正に近い長3度が2つあるのに対し、平島修正案は3つあります。そのため、響きが柔らかくなり、白鍵を多く使うモーツァルトなどには合う音律だと思います。しかも、長3度はすべて高めになっているので、十分実用性も維持出来ます。5度圏の図


      バッハの気持ち良い調律法

 ヘルベルト・アントン・ケルナーによって再構成されたいわゆるバッハ調律について紹介させていただきたいと思います。(ヘルベルト・アントン・ケルナー著書チェンバロの響きより)この調律法は黒鍵の5度の純正区間は他のウェルテンペラメントの調律法と変わりありませんが、白鍵の狭く調律された5度の位置が異なります。ヴェルクマイスターの場合狭く調律された5度は4つ、ヴァロッティは6個ですが、この調律法は5個になります。E−Hが一つだけ途中純正5度が入り、ハ長調の長3度が純正に一番近い長3度になります。(完全な純正3度ではない)そして、ハ長調の長3度と5度のうなりの数を同じにするところにこの調律法のポイントがあります。(ただ、実際ビートの数を計算してみると、ヴェルクマイスター調律法もハ長調の長3度と5度のビートの数はほぼ同じ数である事がわかります。バッハの時代は現代のようにビートの数を正確に計算することは出来ませんでしたから、もしかすると、H−Fisの5度を調整して、ハ長調の長3度と5度のビート数を揃えたのかもしれません。となると、かなり複雑な調律法のような気もします。)この調律法もすべての長3度は高めに調律されるので、実用性のある音律といえるでしょう。5度圏の図

      
       ナイトハルト調律法

 あまり知られてはいませんが、ナイトハルトが考案した調律法を紹介してみたいと思います。この調律法はヴァロッティの調律法を少し変化させた調律法のように思えます。というのはヴァロッティのE−H、H−Gesの狭い5度をAs−Es、Es−Bにも分担させて割り当てたようにみえるからです。そのためこれらの5度がほぼ平均律と同じ狭い5度になり、純正5度も4つに減り、ピタゴラス長3度もなくなりました。そして長3度もすべて高いので、かなり平均律に近付いた音律といえるでしょう。5度圏の図


       ヴェルクマイスター変形型調律法
 
 これは私が考案した調律法ですが、ポイントとしてはF−Aの長3度を中心に考慮したものです。FーAの長3度は、割り振り区間で平均律では約7回、ヴァロッティでは約5回と少しビートの多さが目立ちます。しかし、ヴェルクマイスターでは1.5回となり極端に少なくなります。この長3度の大きな差が違和感を生むことにつながるのかもしれません。そこで、F−Aの長3度のうなりの数を3回くらいにして、これを中心に音程を決定した調律法です。5度圏の図 セント値周波数値 しかし、この場合もC−Eの長3度の毎秒のうなりは1,8回で平均律の5回と比べて大きな差になります。そこでこのC−Eの長3度のうなりの数を中心とした調律法もまた組み立てることが出来るでしょう。このようにアレンジしていけば、いくらでも調律法は考案することが出来ます。ミーントーンを改良した調律法は多く見受けられますが、これらはあくまでも純正長3度を残すことに意識が向けられています。しかし、高めの長3度を意識した平均律以外の調律法もまた多く考えられるはずです。


     ショパンの曲は純正律がよく合う???

 ショパンの曲を純正律で弾くとよく合う、どういう事でしょうか。正確には、ショパンの曲をD−Aをウルフの5度にした純正律で弾くときれいにきこえるという事です。つまり、ショパンの曲は調号の多い黒鍵を多く使う曲が多いため、純正律ではなくピタゴラス音律で、きれいにきこえているという意味です。このことは、D−Aの5度が曲の中で比較的出てこない調号の多い旋律のきれいなショパンの曲は、ピタゴラス音律できれいにきこえるという事ですが、転調して調号の少ない調になったとしても、D−Aのウルフの5度が曲の中で出てこなければ、純正的なきれいな響きになります。しかし、D−Aのウルフの5度があるかぎり転調がある程度制限されてしまい、実用性が薄れますし、さらには旋律を自然にきれいに響かすためには、完全な純正長3度も問題になってくるのです。これらの事も考慮して、楽曲をどの音律で弾くか、また作曲家が音律を背景に伝えたかったものは何かを考える事も重要な事だと思います。


    ピアノの音色

 ピアノを古典調律にして一番変わるもの、それはピアノの音色でしょう。ピアノの音は単音でもその何倍もの倍音が含まれています。この倍音が豊かに響けばピアノの音も豊かになります。古典調律にすれば、それぞれの和音の音の倍音が共鳴しやすくなるので、音もふくよかで豊かになるのです。しかし、いくらキンキンした硬い音でもやはり調律だけの調整では限界があります。そこでこの次のページで説明する整音という調整が非常に重要な意味を持ってきます。この調律(古典調律)と整音がピアノの最終的な音、響き、タッチを決定する上で非常に重要な意味を持ちます。特に整音によって音やタッチは激変するので、ある意味では調律より音に対しての調整の比重は大きいのですが、古典調律にしなければ到達出来ない音や響きもあるので、この二つの調整が車の両輪のようにバランスがとれた時、ピアノは本当にすばらしい響きのする楽器になるのです。


    ピタゴラス音律には純正長3度が含まれる

 いったい何を言っているのかと思われるかもしれません。ピタゴラス音律といえば平均律よりさらに高い長3度が特徴の音律だからです。しかし、この音律には、ほぼ純正に近い長3度が含まれているのです。いったいどこにあるのでしょう。説明してみたいと思います。ピタゴラス音律の5度圏を一周したとき、スタートした音より24セント高くなります。例えば、Cの音からスタートして純正5度を積み重ねていくとCに戻ったとき、そのCの音は始めのCより24セント高くなります。でも、このまま5度圏を回し続けます。当然2順目の5度圏の音はすべての音が24セント高くなります。さらに5度圏を回し続けます。すると4週目に390セントのほぼ純正に近い長3度が現れます。この長3度はヴェルクマイスターのC−E、F−Aと同じ長3度になるのもおもしろいところです。(この事は、ヴェルクマイスター音律が調によって変化があるわりには、調性に統一感がある理由かもしれません。)音には実際に聞こえなくてもその何倍もの倍音が含まれています。つまり、ピタゴラス音律には、実際に聞こえてなくても、その倍音の中に純正に近い長3度がたくさん含まれているのです。ピタゴラス音律といえば純正5度と高めの長3度のために硬い響きのイメージがありますが、実際弾いてみると、その中に柔らかい響きが含まれているように感じます。もしかすると、これはこの倍音の中に含まれる純正に近い長3度のためかもしれません。このように考えると、厄介者のように扱われる24セントのコンマも、奥行きのある立体的な響きを作り出す元になっているのかもしれません。(平均律の場合はオクターブ以外、純正な音程が現れないのは5度圏の図を見れば一目瞭然です。何回5度圏を回しても結局は同じ形にしかならないからです。物理ではよく対称性の重要性が指摘されますが、古典調律は倍音を含めれば、さまざまな方向に色々な音程が含まれるのに対し、平均律はある特定の方向に音程を固定してしまったため、対称性が薄れてしまったと言えるでしょう。このように、視覚的にすぐ音律の特徴を判断できるのも、5度圏の図の大きな特徴でしょう。)

   

    音律の歴史


 それでは、音律はどのように発展してきたのでしょう。
おおざっぱに言うと次の3つの時期に分類することができると思います。

  1. バッハより以前の純正な音律を追求した時期
  2. バッハからドビュッシーまでいろいろな音律を合理的に複合させ、調性による変化を追求した時期。
  3. 現代のさまざまな音楽や、その環境に対応できるよう利便性を追求した時期。

 紀元前、ピタゴラスがピタゴラス音律を発明してからずっとこの音律がもちいられてきました。ところが15世紀頃ルネッサンスの時代、教会音楽などで和音の響きが重視され出すと、ピタゴラス音律では3度がにごってしまい、きれいに響かなくなります。そのため、3度を純正に響かす実用的な音律が求められました。そこでミーントーン音律が生まれました。(この時代は他にもいろいろな音律が考えられたようです。出来るだけビートを出さずに実用的で純正な音律をつくろうと試行錯誤した時代ともいえるでしょう。)ただ、これらの音律はウルフをつくってしまい、つかえる調性が限られてしまいます。そこでバッハはこれらの音律をうまく複合してウルフを解消させ24の調性全部をつかえるようにしました.。それから、それまでの考案されたいろいろな音律はミーントーンの変形したものが多く、純正長3度を意識していましたが、バッハは高めの長3度の重要性を指摘したのです。(しかし、この事がバッハ=平均律という誤解を生む事になったのも事実でしょう。)以後、調性音楽はバッハをもとに発展していったといえるでしょう。ところが、20世紀になると、さまざまな複雑な和声が使われ出し調性もあいまいになってきます。また、ピアノも爆発的に普及し、ポピュラー音楽など、さまざまな音楽が通信機器などの発達によって広まっていきます。このため、平均律を使って、このような多面性にすばやく対応できることが求められるようになってきたのです。
 ただ、決してオーケストラや歌は平均律で響いているわけではなく、和音は純正律で、旋律はピタゴラス音律で響いているのです。ある意味で20世紀は利便性を追求した時代でした。これは人々の生活を物質的に豊かにしましたが、心の豊かさをどこかで犠牲にしたところもあったのではないでしょうか。ここで、もう一度音律についてじっくり総合的に見直し、物事の本質について見つめ直す時がきているのではないでしょうか。           
             


    音楽と科学

 歴史的にみて音楽と科学は密接な関係にあるようです。それはピタゴラスが5度を2:3の音程比で音階をつくった時から始まっていると思います。その後、科学の進歩と平行して音楽も進化していきました。(春秋社から出ている茂木一衛著の「宇宙を聴く」という本は、その進化の過程を面白く解説しておられます。)特に20世紀に入ってからの科学の進歩はめざましく、現代音楽を聴いていると音楽も時として非常に高度で理解しずらいものになっているように思います。20世紀の科学の一番の進歩はミクロの世界を扱う量子論だといわれており、これが現代のあらゆる生活の便利さに役だっているといわれますが、そのミクロの世界の原子レベルでは、その物質の基本構造が振動数の比で表されるというのは面白いところです。量子論には現代社会において抜きには語れないほど、その恩恵を受けているといわれますが、物質の最小単位を粒とする量子論の考え方では、どうしても真の本質をとらえきれない側面もあるように思えます。これは音律に使われるセントにも当てはまるような気がします。セントはオクターブを細かく分解して音程を粒のようにとらえる考え方ですが、これは様々な音律を組み立てるうえで非常に便利な道具になりましたが、その値は近似値であり、決して本質ではないという事もわきまえなければならいと思います。そんな中で最近新たな科学の理論が注目されているようです。超弦理論とか超ひも理論と言われているもので、原子よりさらに小さい物質の最小単位は振動する弦やひものようなものであるというのです。(振動ということでしたら弦と言うべきだと思いますが。英語ではsuperstring theoryでstringは弦ともひもとも訳せます。)ピタゴラス以来、発展してきた科学や音楽が、ここでまた改めて強く結びついていると実感せざるをえません。人間が音楽に共鳴するのも、このような根本の部分に由来しているからかもしれません。(ブルーバックス竹内薫著「超ひも理論とはなにか」P50より”宇宙は、まさに、超ひもが奏でるハーモニーの世界なのだ。”)つまり、古典物理では、空気の粒子の振動や電磁波というマクロ的な見方をしていたのに対し、現代物理では、原子や素粒子レベルでの物質の存在にかかわる問題に量子論的に振動を扱うという見方になるのです。科学の分野では統一や同等といった概念で事象をシンプルにしますが、宇宙レベルのマクロの世界と、原子レベルのミクロの世界を結び付ける統一理論の完成が目指されていると言われます。そして、その大変困難な試みは、この超弦理論によって良い方向に向かう兆しが見えると言われているようです。そうなれば、音楽も含めてこの複雑化した社会も、いろいろな面で統一というシンプルな形であらわされる新たな価値観が出来上がるかもしれません。(相対性理論を発表したアインシュタインは、次に統一理論を提唱して、残りの半生を完成に努めましたが、ついに実ることはありませんでした。空間や時間は一定不変ではなく伸び縮みするなど、数々の従来の物理学の常識をくつがえしたアインシュタインですら、物質の根本にかかわる問題、つまり物質の根本はかたいものではなく、振動によって成り立っているという、従来の物理学の常識からすれば、あまりにも奇想天外な発想に気付くことはなかったのです。アインシュタインは、生涯の最大の失敗は、自身の宇宙方程式にある定数項を入れたことだと言っておられましたが、最大の失敗は、この超弦の存在に気が付かなかったことではないでしょうか。相対論によって原子力の扉が開かれ、現代の暮らしに大きく役に立っていますが、統一理論によっても、将来人間の暮らしになんらかの大きな恩恵がもたらされる日も来ることでしょう。。)


     吹奏楽とピアノ

 今はピアノを弾く人で、吹奏楽をやっている人も多いと思います。吹奏楽の経験者の中には、特に平均律などの和音に耐えられない人もいるようです。それは吹奏楽でつくる純正な和音に慣れているために、平均律の純正ではない和音に拒絶反応を起こしていまうのかもしれません。お客様の中には平均律だけだなく、キルンベルガーやヴェルクマイスターの唸りの出る狭い5度に耐えられない方もいます。この場合、純正音律やピタゴラス音律は、たとえウルフがあっても違和感はないようです。またピタゴラス長3度は、一見唸りの多い濁った和音のようにきこえますが、これは純正5度によってつくられる、旋律的に自然な長3度なのです。それに対して平均律やミーントーン、キルンベルガーやヴェルクマイスターの狭い5度は、人間が作為的につくった自然界にはない不自然な和音なのです。この5度を単音楽器で演奏しようとしても出来るものではないでしょう。純正音律に慣れた人はこの不自然な狭い5度に耐えられないのかもしれません。このことから考えても、その人に合わせた音律をオーダーメイドするのも、画一的な音楽から脱却するする一つの大きな要因になるかもしれません。


     心理学と音律
 
 ケリー・マクゴニガル著の「自分を変える教室」という本がベストセラーになっていますが、人間の心理を脳科学の点から解析している大変興味深い本です。その中で、人間の意志力というものは筋力と同じで、疲れれば鈍くなり、時としてふさわしくない行動を引き起こす、と書かれています。筋力に余裕がなければ人間は正しい動きが出来なくなるように、意志力にも心の余裕がなければ誤った判断を引き起こしやすくなります。人間一人一人の使える筋力に限りがあるように、意志力にも限りがあり、その限界を超えた時、人間は怒りや嫉妬など醜い行動に出やすくなるのです。正しい意志力を維持するためには、人間一人一人の心の器も広げるように常に心がけなければならないのです。決して、いわゆる根性などと言われる精神力でカバーし切れるものではないのです。クラシック界も20世紀始めくらいまでは豊かな時代でした。しかし、戦後のいわゆる現代曲の時代になるとクラシック界はどうも豊かさを感じられません。今までは、20世紀始めまでの豊かさの貯金ゆえにクラシック界は生き延びてこれれたような感じがします。世の中は利便性、画一性が求められ、クラシック界も商業主義に巻き込まれて世の中の歯車の一つになってきたのです。(その反動として、昔を回顧する風潮も出てきました。) しかし、それは同時に純正な音楽を感じることが出来た20世紀前半までの豊かさの貯金を減らしつつかろうじて保ってきたと思えます。平均律音楽にしがみつき、純正音楽に背を向け続ければ、やがてその豊かさの貯金は使い果たすでしょう。いくら、楽器の質を良くして響きを良くしようとも、いくら精神力を高めようと、平均律音律のままでは純正音律の豊かさに追いつけるものではないのです。豊かさのない精神力で押し切って出来上がったものは、いずれ疲労し破綻します。欲望を押さえつけて一つの方向に突き進んだ場合、その反動が怖いのです。人間の判断力を鈍らすのです。勿論、今の音楽界は平均律によってそのコミュニティーが形成されていることは事実であり現実です。しかし、純正の世界に少しずつでも足を踏み入れ、豊かさの貯金を少しずつでも増やしていければ、音楽界の将来も少しずつ明るくなってくるのではないでしょうか。


     作者紹介とこれからの課題

 埼玉県さいたま市に住む調律師です。(名前 森 一夫)数年前、平島達司著ゼロ・ビートの再発見(東京音楽社)、高橋彰彦著・複合純正音律のすすめ(音楽の友社)の本を読んで古典調律に興味をもち、自分でピアノを古典調律で調律してみたところ、その響きのきれいさにびっくりしました。今、家には2台のピアノがあり、1台を古典調律で、もう1台を平均律に調律してあります。
 また、最近では音律がボタンーつで瞬時にかえられる電子ピアノもー部機種にあるようなので、これで音律の違いを実感することもできると思います。実際ドビュッシーの曲を古典調律にした電子ピアノでひいてみて、その響きのすばらしさに驚いたということもきいたことがあります。
 ただ、平均律でひくことに慣れた場合、古典調律でひくと、違和感を感じる方もいるので、普段の仕事上の調律はほとんど平均律でしています。もちろん平均律で調律しても、正しいピアノの調整をし、きちんとしたひき方でひけば、かなり高い音楽性はえられます。でも、古典調律によって平均というからをやぶり、真実の扉を開くことで、また新たな世界が見えてくるのではないでしょうか。
 私は平均律は音律のゴールではなく、通過点だと思います。さまざまな音律が考案される中、平均律はオクターブを正確に12等分し、その半音の100分の1の音程比を1セントとするセントの概念を確立して、音律の絶対的な基準値を確立しました。その、基準値を元にして、さまざまな音律を客観的に見やすくなったのです。これが平均律の確立の大きな功績でしょう。その意味では、平均律だけにしがみつくとこは、音楽に対する見方を狭めてしまう結果にならないでしょうか。さらに、一歩踏み出して、さまざまな音律を理解し感じる事で、音楽に対する世界感は、またさらに広がるものだと思います。
 以上かいたことは、私自身の主観も多少入っているかもしれません。なにか意見や質問がありましたらメールでおくっていただけたら嬉しいです。これからも新たな発見があるたびに内容をかき直していきたいと思います。



    参考文献



   古典調律で弾くピアニスト

 古典調律でピアノを弾くと思われるピアニストを何人かあげてみたいと思います。
 
  • 内田 光子  
       モーツァルトを古典調律で弾く事で話題になりました。あえて、ピアノを古典調律にした事  を公表した数少ないピアニストの一人でしょう。
  • ルービンシュタイン
       ローマで録音された曲は古典調律でしょう。ルービンシュタインの柔和な音楽性と、とても  良くあってきこえます。
  • バックハウス
      ベートーベンなどの古典を多く弾くピアニストですが、ピアノはベーゼンドルファーを使用して、調律は古典調律なので、その良さが一層引き立ってきこえます。
  • サンソン フランソワ
       ショパンなどのロマン派からラベルなどの近代までの多くのピアノ曲を古典調律で演奏している数少ないピアニストの一人でしょう。調性音楽を古典調律で弾く事が本当に自然な事なのだと、改めて実感させられます。特にラベルの曲において、高音の濁りのない麗しい響きは、古典調律でなければ出せない響きだと思います。(すべての曲を古典調律で調律したピアノで弾いているわけではありません。例えばショパンにおいてはポロネーズ、エチュード、幻想曲などは古典調律で弾いていますが、バラード、ソナタ、プレリュードなどは平均律で弾いています。古典調律で弾いている曲は、響きが落ち着きまとまっていていて、みずみずしい柔らかい響きなのに対し、平均律で弾いている曲の響きは、にぎやかで発散していて硬い感じがします。そして、これこそが古典調律で調律したピアノと平均律で調律したピアノの響きの決定的な違いなのです。)
  • エフゲニー キーシン
      非常に以外かと思われるかもしれませんが、現代を代表する世界的ピアニストも古典調律で弾いているのです。(古典調律で調律させていただいている、お客様のご指摘でわかりました。)これだけ有名なピアニストの演奏も、音律に関して違和感なく聴けるのも、古典調律で演奏する事が自然な事なのだと証明していると思います。
  • マレイ ペライヤ
     古典から近代にいたるすべての曲(私の聴くかぎり)を古典調律で演奏していると思います。幅広いジャンルのピアノ曲を古典調律で聴く事が出来るピアニストだと思います。
  • アンドレ ワッツ
     今、私の持っているワッツのCDは、リストの曲集ですが、おそらく古典調律でしょう。ワッツの激しい演奏のわりには、響きがまとまって奇麗なのも古典調律の効果ではないでしょうか。
  • ギャリック オールソン
     ショパンコンクールの優勝者ですが、いま一つ知名度が低いように思います。今後、新しい響きを演奏するピアニストとして、もっと広まってくるべきピアニストだと思います。(2005年4月15日に放送したN響アワーで、ギャリックオールソンのピアノ演奏ベートーベンのピアノコンチェルト第4番は、ほぼ間違いなく古典調律にピアノを調律されていたでしょう。以前から、このピアニストは古典調律でピアノを演奏していた事を埼玉県日高市のお客様のご指摘でわかったのですが、このN響との競演でも、普段の他の平均律で弾くピアニストとの競演の時のような拍手な響きとは違い、多少じみな感じはするのですが、ピアノがオーケストラととても良く溶け合い、それでいて旋律も浮き出るような、古典調律独特な響きで響いていたと思います。)(ギャリックオールソンはショパンコンクールの優勝者ですが、ショパンコンクールでは古典調律が使われているといううわさを最近耳にしました。だとすると20年前に話題になったあのブーニンの演奏ももしかすると・・・ この情報を聞いたのは私の恩師の一人でもある、オルガンビルダーの資格も持ち、ピアノの技術にもかなり精通したかたからでしたが、そのかたが病床に就いた時に聞いた情報であり、残念ながらその後すぐに亡くなられてしまいました。それが、最後の言葉になってしまい、その後の詳しい事は聞けないままになってしまいましたが、今年のショパンコンクールの演奏をユーチューブで聴いて、すべてではないがスタインウェイで弾いた何人かの演奏にそれらしい演奏があるので驚きです。古典調律で調律しているお客様の、同じピアノなのに全然響きが違うというご指摘でわかったのですが、確かに、弾く人によって同じ調律でも音色は違うでしょうし、果たしてそんな同じメーカーでいくつも調律の違うピアノを用意出来るのかという疑問は残りますが、気にしなければ気にならない、でも気になる人には凄く気になるという違いがあるのです。次の二人のピアニストの演奏はどうでしょう?
    http://konkurs.chopin.pl/en/edition/xvi/video/41_Miroslav_Kultyshev
    http://konkurs.chopin.pl/en/edition/xvi/video/79_Ingolf_Wunder
    特にフォルテの時の響きに大きな違いがあるように思えます。)



     では、これらのピアニストの演奏の中で特に古典調律の特徴が出ていると思われる演奏を上げてみたいと思います。(特にお薦めはルービンシュタインの演奏です。ただ、ニューヨークで録音したショパンのプレリュード、マズルカなどは平均律です。でも、これらの演奏を聴き比べる事で古典調律と平均律の響きの違いをはっきり感じ取る事が出来ると思います。)
  • ルービンシュタイン   ショパン ノクターン
                  ショパン ワルツ
                  ショパン ポロネーズ
                  リスト ピアノソナタ
  • 内田 光子    ショパン ピアノソナタ
                シューベルト 即興曲
  • エフゲニー キーシン    ショパン  バラード
                     ショパン  プレリュード(古典調律のために書かれたとも思われるこの曲集をキーシンは見事に演奏していると思います。キーシンのピアノの音は硬めですが、この曲集において、調号の少ない曲はまるい柔らかめの響きで、調号が増えるにしたがって線的な響きが強くなって、より旋律的になっていくのがわかります。また、曲を順番に聴くのではなく、調号の少ない曲と多い曲を比べて聴いた方が、調性感をより解り易く聴けると思います。例えば、ハ長調と変イ長調を聴き比べた場合、どちらも同じ和声的な曲ですが、明らかに響きには違いがみられます。純正に近いハ長調は、柔らかい包み込まれるような響きなのに対し、ピタゴラスの変イ長調は硬めの透明感のある響きになっています。また、短調ですが、こちらも変ロ短調とニ短調を比べた場合、どちらも激しい曲想ですが、ピタゴラスの変ロ短調は倍音が強調されているような鋭い響きですが、純正に近いニ短調は、鈍い感じで角がない重い響きになっています。ただ、どうも前奏曲のニ短調の曲はピタゴラスの鋭い響きの方が合うような気がします。最後に激しい曲で曲集を締めくくる効果をショパンはねらったのかもしれませんが、ショパンは殆どニ短調で曲を書かなかった事からしても、ピタゴラスの鋭い響きで曲を盛り上げる事の方をショパンは好んでいたのではないでしょうか。)
  • サンソン フランソワ   ショパン  エチュード  
                    ショパン  幻想曲

     特にショパンの曲において古典調律の良さが際立つのには驚かされます。まさにピアノのために人生を送ったショパンのピアノ曲の素晴らしさが古典調律によって一際強調されるのではないでしょうか。ショパンのピアノ曲は本来調号の多い曲が多く、そのためビートが多いので力強さが強調されるのですが、平均律のピアノではどうしてもビートの汚さが目立ってしまいます。しかし、実際古典調律のピアノの演奏を聴いてみると、きちんとビートが響きに吸収されてビートの汚さを感じさせません。そのため、本当のショパンらしい力強く柔らかい響きを聴く事が出来るはずです。
  (東芝EMIから出されている「11人の名ピアニストによるリストのラ・カンパネッラ」というCDがあります。11人のピアニストが弾くカンパネッラを集めて作ったCDですが、この中に一つだけ古典調律で演奏されていると思われる演奏があります。普段何気なく聴いている演奏の中にも、もしかすると結構、古典調律の演奏を聴いているのかもしれません。)


  楽曲の分析

 それでは最後に私が実際にひいたことがある曲、またはCDなどできいたことがある曲を自分なりに主に調性的な立場から説明したいと思います。

  • ショパンのノクターンOp15 No1

 この曲はヘ長調です。へ長調はうなりの一番すくない調なのでこの曲もたいへん透明感のある落ち着いた曲想になっています。ところが中間部は同主調のへ短調になります。へ短調は短調のピタゴラス音律なのでたいへん暗い曲想になります。穏やかな情景が一瞬に嵐に変わるのです。このように同じ曲の中で純正な音律とピタゴラスを使うことで曲想の変化を強調して出そうとした曲は結構多いのです。

  • ショパンのノクターンOp48 No1

 この曲はハ短調です。ハ短調は短調のピタゴラス音律の中でも特に暗い曲想になので、この曲も前半はずっしりと重く暗い曲想です。ところが、中間部は同主調のハ長調になります。ハ長調はうなりの少ない和声的な落ち着いた調ですから、この中間部もまさにそのような曲想になっています。

  • ショパンのノクターンOp9 No3

 この曲はロ長調です。ロ長調はピタゴラス音律に近い音律です。そのため旋律的でありながら、主和音の5度が狭い5度のため、柔らかい響きになります。主和音はピタゴラス和音ではないのですが、属和音がピタゴラス和音になります。この属和音のピタゴラス和音が、この曲のメロディーにおいて重要な意味を持ちます。14小節目のAisの音はメロディーの流れの中でポイントになる音ですが、ここにピタゴラス和音をもってくることでこのAisの音をより強調して響かすことが出来るのです。中間部、ロ短調になります。ロ短調は短調の中でも比較的暗い調です。そしてハ長調に転調するなどいろいろな調に転調を繰り返します。この転調がなんともリズミカルで心地よいものです。その中でも途中、突然ピタゴラス長調に変わる部分があります。ピタゴラス長調は非常に明るい調ですから、この対比が特に新鮮にきこえます。このように曲の途中で突然ピタゴラス音律を使い曲想をがらっと変える曲はベートーベンのソナタなどにも多くみられます。

  • リストの「愛の夢 第3番」

 この曲は変イ長調です。変イ長調は長調のピタゴラス音律で、旋律的な音律です。そのため、この旋律が大変きれいに響くのです。また、この旋律上のポイントとなる音階上のミの音を強調して響かすことができます。 途中、ロ長調に転調し、少し和声的な響きになります。さらにハ長調に転調し一気に和声的な落ち着いた響きになります。そして、ホ長調に転調し、緊張感が高まっていき、再び変イ長調に戻り曲が盛り上がっていくのです。この曲はリストの曲の中でも大変有名な曲ですが、改めてリストの調性感の素晴らしさに驚かされます。古典調律の調性の変化に伴い曲想が変化していくその状況は、まさにつぼにはまったという表現が適当かもしれません。

  • リスト「ため息」 
 この曲は変ニ長調です。まさに、旋律をきれに響かすためのピタゴラス音律で、ため息の息の長い朗々と歌う旋律を響かせています。(特に、メロディーの5番目のファの音ですが、この音はピタゴラス音階上のミの音にあたり、ピタゴラス音律においては高めなので強烈に響きます。この音を強調して響かすことは、この旋律においてもポイントになります。しかし、平均律で弾くと、ピタゴラス音律ほど高くなりきっていないので、比べた場合にどことなく間の抜けたような物足りない響きになってしまいます。)楽譜をよく見ると、愛の夢の中の転調と似ている事に気が付きます。まず、両方の曲ともピタゴラス音律でスタートしていること、そして、途中、旋律的な響きと和声的な響きの両方を持っている、ホ長調の周辺の調に転調する事、そして、中間部は和声的なハ長調やへ長調に転調する事です。ため息は中間部30小節目でへ長調に転調しますが、ここでは変ニ長調の時の流れるような曲想ではなく、一つ一つ音を踏みしめる様などっしりとした曲想で、まさに純正に近いへ長調の安定感のある響きがぴったりでしょう。次に紹介するウェイバーの曲にも似たような効果が現れています。
  • ウエィバー「舞踏への勧誘」

 この曲もたいへん有名な曲ですが、調性の変化を巧みに利用した曲でもあると思います。最初は、たいへんゆっくりとのびのある旋律ではじまります。調性は変ニ長調のピタゴラス音律ですが、この音律で弾くことで旋律を非常にきれいに響かすことができます。伴奏部分を極力おさえて弾くことも大切です。この静かな序奏部が終わると次にあの大変有名な旋律がはじまります。ここも変ニ長調のピタゴラス音律です。どうもワルツの曲にはピタゴラス音律があうようです。ワルツ独特の華麗な響きを出せるのでしょう。ショパンも多くのワルツの曲をピタゴラス音律でかいていますし、ブラームスの有名なワルツもピタゴラス音律です。長い弾むようなワルツが終わると次にヘ短調になります。ヘ短調は短調のピタゴラス音律ですから、ここで曲は一気に暗くなります。この大変暗いへ短調の部分が終わると、次にハ長調になります。この部分は変ニ長調の時のような流れるような旋律ではなく、和音を一つ一つ響かすような落ち着いた旋律です。そして、曲は一気に変ニ長調に上りつめ、有名な旋律が再び現れます。最後に序奏部の旋律がきれいに響き、曲は静かに消えるように終わるのです.。